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特技:恋愛音痴5

 ルーカスは根が真面目で高潔だから、どれほど嫌悪していても律義に毎月顔を出そうとする。何度か来なくてもよいことを遠回しに伝えてみたりもしたのだが、口にするたびに頑なに来ようとするから困ってしまった。


『キングストン卿はお嬢様を監視するために婚約者候補となっているわけですからね。犯人に、改心したので逃がしてもらって構わないですよと言われて素直に頷く憲兵はいません』とは、わが優秀な侍女の見解だ。


「それにしても、お二人はどんなご令嬢と縁を結ばれるのかしら? どちらもそういった話を聞かないのよねえ。キングストン卿は、聖女様と懇意になされている噂もあるけれど……、実際にこの目で見たことはないし……」


 ロージーがきらりと目を輝かせながら首を傾げている。恋の話を好む彼女からすると、ルーカスと殿下の恋愛事情など至高のご褒美だろう。


 殿下が微笑みながらルーカスに何かを話しかけている。ルーカスは相変わらず無表情だが、何かを話しているようだ。私と会っている間、彼が口を開く時間はほとんどないのだが、こうして見ると親しい間柄の相手であればそれなりに会話も弾むようだ。


「聖女様にはたっぷりと甘い愛を囁かれるのかしら!? ああ気になる! 気になりすぎて心拍数が上がってきたわ!」

「ふふ、ロージーったらおかしい」

「レティ、少し手を握って! それで落ち着くわ」

「本当かしら? いくらでもどうぞ」


 泣き叫ぶところを慰めてから、ロージーは気分が高まりすぎるたびにこうして茶化しながら私の手に触れようとする。魔力の少ない手だ。何の力もないが、ほっそりとした手を握れば、彼女はうっとりと目を細めてため息を吐いた。


「レティの手って、どうしてこんなにすべすべなの?」

「ロージーのほうが綺麗な手だと思うけれど」

「そんなことないわ。そのうちこの手を独占する殿方が現れると思うと、私今から悔しい!」


 感触を楽しむように触れながら泣き真似をするロージーについ声をあげて笑ってしまった。笑い声が大きすぎたのか、テラスで歓談している二人の視線がこちらを向く。


「きゃあ!」


 可愛らしく飛び跳ねたロージーが私の腕に抱き着いた。一方私は、普段遠巻きに見ているばかりのルーカスと視線が絡まったことに驚き、目を反らすことも忘れて呆然と彼の表情を見つめていた。


「サイラス殿下が手を振ってくださった……! レティ! 私たちに振ってくださっているんじゃない?」


 横から身体を揺さぶられて、慌てて視線を逸らす。すでに顔が熱くなっている気がして仕方がない。


 ルーカスとは普段、ほとんど目が合わないからか、たまに視線が絡むだけで心臓が落ち着かなくなる。この調子で本当に恋をせずにいられるのか、不安なところだ。


 今は嫌われているから落ち着いていられるものの、これが普通に会話をするような間柄になってしまったら、好きにならずにいられる自信がない。


 ただでさえ多忙な中で心を配ってくれていることには気づいているのだ。こちらが贈り物をすれば形式的ではあっても、プレゼントを返してくれたりする。礼儀正しいところがまた推したるゆえんであるから、いちいちときめいてしまうのだ。


 熱くなった顔を冷まそうと視線を向けた先では、殿下がにこやかに手を振ってくれていた。慌ててロージーと共に一礼し、すぐにその場を離れる。


「レティ、顔が真っ赤だわ!?」

「え、ええ。びっくり、してしまって」

「レティはあまり男性とはお話しないものね……!? ごめんなさい、驚かせていることに気が付かなくって……!」

「いえ、いいの。……殿下にもご挨拶をいただいてしまったわね」


 やはり、ルーカスとは同じクラスにならなくてよかった。月に一度だから耐えられていたものの、普段から側で親交を深めるようなことがあれば、うっかり恋に落ちてしまいそうだ。なるべく関わらないほうがいい。


 そう思っていたのに、その日の私はよほど悪運が強いのか、すぐにルーカスと再会することになる。


 学園では主に、目立ちすぎない生徒となることを大切にしていた。その次に重要なのが、私が邪悪な人間ではないことを証明することだ。


 二つ目の目標は、十四歳までのレティシアがあまりよい噂のない我儘令嬢であったことから、印象の悪いスタートであったことは間違いない。しかし、一年間学校で特に問題を起こすこともなく穏やかに生活をしていたおかげか、訝しむような目で見られる機会は大幅に減っていた。


 恋愛的な好感度を得るのはあまり得意ではないが、苦しんでいる人に寄り添いたいという思いはある。前世、闘病中に知り合った人たちと互いを励まし合った時間はかけがえのないものだった。


 今世では、幸いにも何不自由ない生活を保障された公爵家の令嬢となった。


 まずは恵まれない子どもたちへの寄付から活動を始めたが、続けるうちに、邪悪な人間ではないことを証明するための活動であることをすっかり忘れて熱中していた。課外活動は学園の生徒やルーカスには伝わらない活動ではあるが、ケイシーからもやりたいようにすればいいと許しを得ている。


『お嬢様は元来、お節介気質がありますので、思う通りに行動されれば、イメージの解消は特に問題ないかと』


 詳細にサポートしてくれているようで、意外に放任主義な侍女である。


 昼間、あからさまにルーカスに反応を見せてしまったことを忘れようと悶々と考えながら、放課後の人気のない廊下を歩いていたそのとき、曲がり角の先で蹲る男子生徒の横顔が見えた。


 彼――ダグラス・フォーンハイムは、私やルーカスと同じく公爵家に名を連ねる者であり、現宰相の子息だ。年齢的には私の二つ下ではあるが、すでにサイラス第二王子と共にこの学園の執行部に所属している。


 常時モノクルを使っている彼は、すでに年下とは思えぬほど賢く、機転の利く切れ者だ。そして何よりも、中性的な美しい顔立ちに白銀に輝く艶やかな髪を持つ美男である。


 この時はまだ十三歳と幼さが目立つが、ブロンドに新緑の瞳を持つサイラス殿下と並び立てば、二人の甘い顔立ちに酔う女子生徒が続出する。


 ルーカスの雄々しい魅力とはまた違った美しさを持つ生徒だ。無論、美しく権力のある男性であるダグラスは攻略対象者の可能性が高いため、あまり近づきたくはないのだが――。


「……フォーンハイム卿、ご体調が優れないのですか」


 近づかなくとも分かるほど顔色が悪い。貧血を起こしているかのような青白い肌には薄らと冷や汗が浮かんでいた。私が声をかけると、鬱陶しそうに顔をあげる。


「問題、ありません」


 ダグラスはルーカス以上に生真面目な性格だと聞いている。王国の次の担い手として、あまり弱っているところを見せるわけにはいかないのだろう。


 それにしても、あまり状況はよくなさそうだ。


「ですが……、顔色が真っ青ですわ。今、医官を」

「呼ぶなっ……!」


 突如張り上げられた声に、思わず目を丸くしてしまった。私の反応を見上げたダグラスが顔を顰めて舌打ちする。上品な顔から飛び出した音とは思えず、肩が震える。


「どっか行け。……あんた、それでルーカスの気でも引くつもりかよ」

「キングストン卿……?」


 どうしてルーカスの話が出るのか分からず狼狽えきっている。私の呟きに、ダグラスはますます機嫌を損ねて私を強く睨み上げた。


「は、何企んでのか知らねえけど、あんた、ルーカスと結婚できるとか思いあがんなよ。ルー兄には聖女様がいる。……あんたは邪魔者だ」


 恨みのこもった目で見上げられ、呆然としているうちに、ますますダグラスの怒りが膨れ上がる。ゲームでもルーカスを慕う存在は多くいたが、彼もそのうちの一人なのだろう。そして、この言葉が出るということは、私とルーカスの関係も知っているらしい。


 久々に憎悪のこもった目で見つめられ、たじろいでしまった。


「お優しいふりしたっ、て……く、う……ぁ」


 何かを伝えようとしたダグラスが、突如呼吸を乱して床に倒れ込む。

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