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特技:恋愛音痴4

 


 前世でも学校に行くことができなかった私は、人並みの学園生活への憧れが頗る強かった。公爵家ではたっぷりと時間を持て余していたため、筆記試験自体は何ら問題がなかったのだが、実技試験では入学のボーダーラインすれすれの得点を出してしまった。


 ゲームのレティシアは生まれつき魔力が強く、その点においては右に出る者がいないほどだった。しかし、中身が私になってしまったレティシアは静電気のような微弱な魔力しか発現することができなくなっていた。これには父も顔を顰めていたが、ついぞ元に戻ることはなかった。この世界でも、稀に経年とともに魔力が失われる者がいるらしい。


 ケイシーには憐れまれたが、そのおかげで私はルーカスとは違う普通科のクラスに籍を置くことになった。


 やがてやってくるジェシカは当然特別クラスに入るだろうし、全くもって覚えはないがルーカス以外の攻略対象者も、おそらく特別クラスに在籍していることだろう。


 魔法のある世界でほとんど魔力がないということには少なからずショックを受けたが、バッドエンドにつながってしまいそうな集団の中で生活するよりはよっぽどいい。


 さらに、私の体から魔力が無くなったことが分かったのだから、王家に過剰に危険視されることもなくなる。――それに、普通科に入学したおかげで、毎日が鮮やかに感じられるほど大好きな友人にも恵まれた。


「お二方とも素敵で選べないわね」

「まあ! レティくらいの美人なら、確かに二人とも手のひらの上で転がせちゃうかも」

「ロージー、誰かに聞かれたら大変よ?」


 ロージーは天真爛漫を絵に描いたような令嬢だ。公爵家の『刺々しい薔薇』として噂されている私にも、何の打算もなく屈託なく笑ってくれる。


 出会いも、今私たちが座っている屋上のベンチだった。あの日、婚約者候補と喧嘩をしたロージーはここで声をあげて泣き叫んでいた。そこをたまたま気分転換に訪れた私が、おろおろしながら拙い慰めの言葉をかけて背中を摩った。ただそれだけのことだが、ロージーは翌日から私の周りを離れなくなったのだ。


 公爵家にしては十五歳での入学はかなり遅い方ではあるが、彼女はそういう私の事情を気にすることなくそばに居てくれる。


 特別クラスの情報を仕入れることを趣味としているらしく、たまにルーカスや殿下の写真を入手してくることもある。彼女自身は婚約者候補を心から愛しているということを公言しているから、これらの活動は推しを追いかける感覚と同じなのだろう。


 かくいう私も気のないふりをしつつルーカスの秘蔵写真を盗み見させてもらっている。


「ふふ、……あら、レティ、あそこを見て。噂をすれば何とやらね」


 ロージーが指さしている先には、中庭のテラス席につく二人の男子生徒の姿が見える。


 この学校に来てからはや一年。


 この時のルーカスは私と同じくすでに十六歳だ。この歳になると、ルーカスは男性らしく艶やかな低音で言葉を奏でるようになり、身長は以前にも増して高くなった。しかしまだまだ成長の最中にあるらしい。ゲームの舞台になる次の年には、ますます体つきがしっかりしてくるはずだ。


 ルーカスはサイラス殿下とも良好な関係を築いている。幼少期から殿下の遊び相手としてあてがわれることが多かったらしい。そのため、殿下とジェシカもそれなりの顔見知りだ。今のところは悪女レティシアとは何の面識もないが、おそらく殿下も攻略対象者のうちの一人だろう。


『お嬢様、よろしいですか? 乙女ゲームに攻略対象者が何人もいるのでしたら、お嬢様はその方々とも適切な距離を保つべきです。なんせお嬢様はキングストン卿のバッドエンド以外、エンディングを知らないのですから』


 我が優秀な侍女のアドバイスは、絶対に守っておくべきだ。あまり関わるべきではないサイラス殿下と共にテラスの席についたルーカスを、ぼんやりと見下ろす。



 入学が決まったことをルーカスに伝えた時、私は一つ、彼にお願いをした。


『ルーカス様、実は折り入ってご相談があるのです。……学園にいる間は、婚約者候補であることを伏せていただきたいのです』


 婚約者候補の関係というのは、公言される場合とそうでない場合がある。レティシアとルーカスは王家が密命を出して結ばれた関係ということもあり、ゲームでも、レティシアが学園に現れて大声で主張するまでは公言されない。


 これがまたゲームのレティシアの心を歪めてしまうのだが、私にとっては何とも都合がいいのだ。


『……理由が聞きたい』

『はい。わたくしも、ルーカス様と殿下のような、親しい友人がほしいのです。ですがオルティス家の娘であり、なおかつルーカス様の婚約者候補という立場では、皆様気を使われるでしょう。もちろん、ルーカス様のお邪魔になることも本意ではありませんし。……婚約者候補であることが知られれば、多忙なルーカス様のお時間をいただくことになってしまいそうですから』


 つまり、私の願いとは、学園では私たちの関係を一切公言しないから、特段婚約者候補として振る舞う必要もない。害はないから心配しないで欲しいというアピールだ。


 ルーカスは学園に通いながらキングストン公爵家の子息として聖女と共に各地に現れる邪悪な者と戦い、さらに殿下のよき相談相手の役割もこなしている。


 月に一度のレティシアとの面会を含めると、目を回すほどの忙しさだろう。そのうえで学園でも婚約者候補としての務めを果たすことになると、息が詰まってルーカスの気の休まる場がなくなる。


 しかも、どうせ解消される関係だ。傷は浅いほうがいい。


 あの日の私の提案に、ルーカスは暫く沈黙していたが、帰り際にちらりと私を振り返ってこう言った。


『では、学園ではあなたの希望通りに振る舞う』

『本当ですか? ありがとうございます』

『……月に一度、ここに来るのは迷惑か』

『迷惑? ではないです。とてもうれしいです。ですが、お忙しいでしょうから、ご無理はなさらないでください。頻度を減らしてもよいですし』


 間髪をいれずに答えてしまったが、迷惑と言えばルーカスは来ることをやめたのだろうか。口数の少ないルーカスだが、会話をしても彼が何を考えているのかは全く読み取れない。少しも動かない表情をただ見つめて、またしても即座に目を反らされた。


『では、月に一度のこれは、今後も続けさせてもらう』


 その言葉の通り、ルーカスは多忙なスケジュールの合間を縫って、必ず月に一度は私との時間を作っている。



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