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特技:恋愛音痴3

 エタルメア魔法学校は、貴族の子女が通う王立魔法学校である。ゼルヴァン王国最高峰の教育機関であるここは、有力な貴族の跡取りとなる者がこぞって入学する名門校だ。『聖女の信愛』の舞台でもある。


 ゲームのレティシアがこの学園の門を叩くのは彼女が十七歳を迎えるころだ。早ければ十歳から入学している者もいる中、レティシアがこれほど遅れて学園に現れたのは、学園で婚約者候補であるルーカスが、突如入学してきた聖女と親しげにしているという噂を耳にしたからだ。


 そうでなければ、レティシアは学ぶことになど全く意欲を見せておらず、公爵家で贅沢な生活をすることを好んでいたというのが私の知るストーリーだ。


 聖女ジェシカはキングストン公爵家に仕える下級メイドから生まれた少女だ。当主の子息であるルーカスとは幼少期から兄妹のように育てられる。下級メイドの娘と公爵家の嫡男がなぜ近しい存在として受け入れられていたのかは謎ではあるが、そういう設定なのだから考えても仕方がないだろう。


 そして二人が十歳になるその歳、ジェシカが聖女の力を目覚めさせた。その日、キングストン公爵は邪悪な商人によって殺害されかけていた。そのことに気づいたジェシカとルーカスは二人で邪悪に立ち向かい、皆殺しにされる寸前に聖女の力を目覚めさせる。


 ジェシカの持つ聖女の力とは、闇の魔法のような邪悪な力に対抗する聖なる光のことを言う。聖女はこの光で聖剣を作り出し、邪悪な者と交戦するのだ。今にして思えば、恋愛を楽しむゲームでこの戦いのシステムが必要だったのかどうかは疑問があるが、とにかく私はこの交戦ミニゲームも酷く苦手だった。


 さらにこの力は聖女の精神状態に強く左右されるため、パートナーとなる攻略対象者との絆が勝敗に影響する。幼少期からともに過ごしてきたルーカスをパートナーとして戦うのは、何らおかしなところがない至極自然な流れだ。


 キングストン公爵家自体も、国の騎士団をまとめる高潔な一族だ。ジェシカは下級メイドの娘ではあるが、最高級の教育を受け、立派な淑女として磨き上げられる。現状で闇の魔法に対抗できるのは、聖女の持つ光の力だけだ。


 そういう経緯から、幼いジェシカは王宮に行くか、はたまた北の教会に行くか、もしくはキングストン公爵家に残るかの三択を迫られる。これが攻略対象者を選ぶ上での初めの分岐点だったような気はするが、あまり覚えていないのが実情だ。


 何はともあれ、この世界のジェシカはキングストン公爵家に残るルートを選択している。


 このルートでのジェシカは長らくキングストン公爵家に厄介になっている立場を申し訳なく思い、必死に聖女の役割をまっとうしようとする。しかし、そのせいで己の願いを口にするのが苦手になってしまうのだ。


 このことから、彼女は憧れの場所への入学が遅れる。それがこのエタルメア魔法学校であり、ルーカスルートのプロローグだ。


「レティ! 聞いた? 今日も黒曜の騎士様と新緑の君が圧勝してしまったんですって」

「ふふ、そうなの? ロージーは物知りねえ」


 ロージーことローズマリー・ハディントンは侯爵家のご令嬢だ。私が十五歳でエタルメアに来てから初めてできた友人である。


「あらあら? やっぱりレティはあまり興味がないのかしら?」

「そんなことはないわ」


 十四歳のレティシアに入り込んでから、暫くはオルティス家で父の意向に従うまま、引きこもり生活を続けていた。しかし、その生活も半年で飽きが来た。


 とにかく暇を持て余してしまうのだ。暇が祟って、公爵家の図書室の蔵書はほとんど読みきった。初めのうちはなるべくゲームのレティシアの行動から離れないようにしつつラスボス化を回避することに注力していたのだが、健康な体を持て余すことが耐えがたくなり、とうとう行動を起こした。


『お父様、私、もっと学びを深めたいと思っておりますの』


 突如現れた娘が魔法学校への入学を願い出たとき、普通の父ならどのように思うのだろうか。酷く反対されることを想定していたが、父からはあっさりと許しが出た。


 ただし、入学先がエタルメア魔法学校であることが条件ではあったが。こうして私はゲームのレティシアよりも二年早く魔法学校へ入学することになった。


 父の目論見は、すでに十歳のころから学園に通っているルーカスとの親睦を深めるところにある。しかし、これもまた、私は叶えてあげる気がまったくない。


 この魔法学校に来るにあたって、私はゲームのレティシアと私自身に大きな違いがあることに気づいていた。ゲームのレティシアはその強大な魔力を認められて、学園の特別クラスへの入学を許されたが――。


「レティ? 聞いてる?」


 考え込んでいるうちに、視界いっぱいに赤毛の女性の顔が映った。


「え? あ、ごめんなさい。少しぼうっとして」

「あら。珍しい。だから黒曜の騎士と新緑の君、どちらが好みかしらって聞いていたのよ」


 魔法学の成績も優秀で、優れた剣術を持つルーカスは当然特別クラスに籍を置いている。


 魔法学校のクラス分けは貴賤に関係がなく、特別クラスには特に優れた人材だけが選抜される。その中でも一際乙女を騒がせている生徒が、陰で新緑の君と呼ばれるサイラス第二王子と黒曜の騎士と噂されるルーカスだ。


「どちらが、と言われても……」


 もちろん私の推しはルーカスなのだが、婚約者候補であることを隠している手前、この話題はいつものらりくらりと躱している。


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