特技:恋愛音痴2
「よくわかりました。それで、お嬢様はどのようにしてラスボスバッドエンドを回避するおつもりで?」
「ええ? ええと、うーん。……どうしようかしら」
具体的なことはまだ何も考えていなかった。計画性のない私を見下ろしたケイシーは、良案を思いついたとでも言わんばかりに手を叩いて言う。
「キングストン卿の不貞を起訴するのはいかがでしょうか」
「不貞!?」
「はい。お嬢様という可憐な婚約者候補がありながら、聖女との討伐遠征で仲を深めるなど……不埒の極み」
人を視線で焼き殺してしまえそうな目だ。ケイシーの本気が伝わってきて、慌てて立ち上がる。
「その方向はなしよ」
「なぜです」
「ええ? だって、ジェシカ様とルーカス様の遠征スチルは本当に素晴らしいのよ!? 悪女レティシアの婚約者候補であるがゆえに、ルーカス様は思いを伝えられずにいるの。それが、遠征で二人だけが冬の山小屋に取り残されて、ルーカス様は謝罪の言葉を口にしながら、震えるジェシカ様を後ろからそっと抱きしめ――」
「不埒! 絶対に許されません! お嬢様という約束された御方がありながらそのようなことをするなど……!」
「だけど! ルーカス様がいじらしいくらい愛を語らず、そっと胸に秘める紳士だからこそ、とっても泣ける、純愛のスチルなの!」
「お嬢様、よくよく考えてください。なぜキングストン卿の味方をされるのですか? 無意味です」
熱くなったところで頭の上から冷え切った水をかけられるような、鋭い指摘だ。思わず言葉に詰まって黙り込むと、ケイシーはやはり呆れてため息を吐いた。
「……それはそうだけれど、私、ルーカス様の幸せも応援しているの」
「大切にしてくれる方だけを、大切にするものですよ?」
「いいのよ。前世の私が、たくさん力をもらったんだから」
「そのわりに毎回バッドエンドですが」
「それは言わないで」
鋭い指摘がいくつも頭に突き刺さって、もう一度ゆっくりと椅子に座り込んだ。私の疲れ切った姿を見下ろしたケイシーは、呆れた顔のまま、小さく笑みを浮かべた。
「お嬢様がそういう方だということは、もうよくわかっております。……では、ルーカス様の名誉に傷がつかない方向で、関係を解消するしかありませんね」
「……よい方法が、あるかしら?」
「簡単なことです。お嬢様はゲームに登場するお嬢様のように、キングストン卿に嫌悪される存在となり、婚約者候補の関係解消を願い出させればよいのです」
「でも、それではバッドエンドまっしぐらじゃない」
「ええ。ですが、お嬢様がキングストン卿に恋をしなければよいのです。解消を願われたら、素直に頷けばよろしいのでしょう?」
簡潔に述べられた解決策に、目からうろこが飛び出そうになった。確かに、理屈は簡単だ。至極単純な言葉に頷きかけたその時、ケイシーがもう一度口を開く。
「ですが、お嬢様はすでにキングストン卿に一定以上の好意を持っていらっしゃるので、一刻も早く嫌われることをお勧めします」
「……でも、ルーカス様に嫌われるような振る舞いなんて、相当悪いことをしなければ難しそうだわ」
「そうですね。しかし、お嬢様の才能をもってすれば、可能かと思われます」
「才能?」
「恋愛音痴です。……これだと思った選択肢がことごとくバッドエンドにつながるのなら、お嬢様は思う通りに、キングストン卿に好かれることを考えて振る舞えばよいのではないでしょうか。……それであれば、誰かに危害を加える必要もありません。また、お嬢様とキングストン卿の婚約者候補の関係が結ばれた理由がお嬢様の魔力を危険視しているということでしたら、誰にも危害を加えることなく、至ってまともな淑女となればよいのです。いかがでしょうか」
すらすらと語られる攻略法に、呆然としてしまう。この短い時間で、ケイシーは答えにたどり着いたらしい。確かに的を射ている。私の恋愛音痴を信頼したうえで提案されているというのが悲しい所ではあるが、現状では、最もよい解決法ではないだろうか。
「さすがケイシーね」
「お褒めいただきありがとうございます。くれぐれも、キングストン卿に思いを寄せることがありませんよう」
「……気を付けるわ」
「はい。そしてお嬢様は今、健康な体をお持ちです。命じれば何でも手にすることができる公爵家のご令嬢です。……されたいことがあるのなら、ぜひやってみてはいかがでしょうか」
ケイシーは姉のような優しい笑みを浮かべていた。妹にとっての私も、ケイシーのような優しい存在であれただろうか。不意に思いだして、すぐにかき消した。
「そうね。……どうせだから、満喫しなくちゃね」
こうして十四歳のレティシア・オルティスはケイシーという信頼できる侍女を手に入れた。まずはルーカスとの次の月の茶会で、現在のレティシアへの嫌悪度を測ろうと話していた。
「ルーカス様?」
「……ああ」
二度目も私とルーカスは、オルティス家の庭でティータイムに興じていた。天候に恵まれた昼下がりの庭には、美しく咲き誇る薔薇の香りが充満している。
一度目の顔合わせは、あまり私の趣味には合わないドレスを着ていた。あの日大慌てで着替えたドレスも、直近で採寸を終えていた派手な色あいのものだった。今回はケイシーの助言通り、好きな色あいのドレスに、ケイシーに任せた髪形と薄い化粧でルーカスを出迎えた。
鏡に映るレティシアは妖精とも見まがうような美しい女の子ではあったが、ルーカスの反応を見るに、ケイシーの目論見は大当たりらしい。
――さっきから、少しも目が合わない。
わざわざ遠いキングストン公爵家から来てくれるのだ。そわそわと落ち着かずに、知らせを聞いてすぐに玄関へ向かってルーカスを出迎えたのだが、そのとき一度目が合ってから、かれこれ一時間、まともな会話をすることもなく、こちらを向いてくれることもない。
酷い脈なしだ。むしろこれは、脈が死んでしまっている。傷つけばいいのか喜べばいいのか、微妙なところだ。
ルーカスは遠くに咲く庭の薔薇を見つめており、呼びかけてもほとんど反応を示してくれない。
ケイシーの言う通り、私が好かれようとして行動するとルーカスは目も合わせられないほど、嫌悪感を抱くらしい。もはや神がかった恋愛音痴だ。さすがに深く自覚して、安堵の息を洩らした。
「婚約者候補の役をお引き受けくださり、ありがとうございます」
「ああ……。いや、あなたこそ……、俺でいいのか」
顔合わせであれほどはきはきと話していた人とは思えぬたどたどしさだ。顔を顰めているようにも見える。やはり、前回の大失態が効いているのだろう。この服装も、ルーカスには好ましくないのかもしれない。
「はい。ルーカス様にお引き受けいただけて、大変うれしく思います」
なんせ前世の推しだ。
「そうか」
「ええ。それに、私には近しい年齢の親しい方があまりいないもので、……ルーカス様とこうしてお話できる日が来るのが、とても楽しみでした」
「楽しみ、か」
「はい! ルーカス様とたくさんお話ができることがとても嬉しいです」
私の言葉に、ティーカップを掴んでいるルーカスの指先がぴくりと動いた。
父の方針でほとんどこの家に留まっている今、退屈で仕方がないのは事実だ。ルーカスはあまり楽しくないかもしれないが、まだ幼さの残る推しと会話できる機会を得ている身としては、浮き足立ってしまうのも仕方がない。
「……では、あなたのことを、もっと聞かせてほしい」
ルーカスがゆっくりとつぶやきながら、ちらりと私へと視線を流した。僅かに目が合って、すぐに離れる。
一瞬、興味を持ってくれたのかと思い込みそうになったところで、ケイシーと、顔が思いだせなくなりつつある妹の呆れた表情が脳裏に浮かんだ気がして、首を振った。
興味を持たれているはずがない。これはつまり、ルーカスから話題を提供するつもりはないということをやんわりと伝えてきているのだ。
恋愛音痴が祟って、すぐに好感度を測り違えそうになる。ひやひやしつつ、ルーカスに言われる通りに喋り倒して、あっという間にその日はお開きになった。
この日から私とルーカスの逢瀬は、私が喋り倒すだけの時間となった。ルーカスにまったく興味を持たれていないことを確信した私とケイシーは、私の気の赴くままにルーカスに贈り物をしたり、観劇のデートをねだってみたりもした。
もちろん、それ以外のところでは人を虐げることもなく、ケイシーが望む立派な淑女を目指して邁進し、前世の夢であった学園にも入学した。