星が瞬く夜に5
ルーカスに誘われるまま踊り出してみるも、私が練習してきたステップはほとんどあてにならなくて、おかしさに笑えてしまった。
彼の手にくるくると回されるたびに驚かされる。
しっかりと私の身体を抱き留めた彼が、笑い続ける私の耳にそっと唇を寄せた。
「ようやく踊れたな」
一曲と言ったのに、ルーカスは私の手を離すことなくくるくると回し続ける。足が縺れてもおかしくないだろうに、どうしてか背中に羽が生えているかのように身体が軽い。
「とっても楽しいです」
「あなたの踊りは美しいから、この手を離した途端、他の男に相手をせがまれそうだ」
「そんなことは、ありませんけれど」
それを言うならば、きっとルーカスのほうだ。先ほどから周囲の視線を感じている。
離れがたくて触れる手に力を込めた。私の指先の力に気づいたのか、ルーカスが微笑んだように見える。
「だがあいにく、他の男に触れさせる気はないんだ。……今から魔法の力で、あなたを攫ってもいいか?」
普段、ルーカスは戦うこと以外にはあまり魔法を使わないようにしていることを知っている。特に、魔力のない私の前では、あまりその姿を見せないのだ。
珍しい言葉に驚いて言葉を失っているうちに、ルーカスは私の反応を肯定と受け取って、指を鳴らした。
しかしその音が私の耳に届くことはなく、何かが爆ぜるような音と共に空に浮かび上がる光へと目を奪われる。
隣で踊っていた誰かが、声を上げた。
「花火だわ!」
途中から花火が打ち上げられることになるとは聞いていたが、これほど美しいものだとは思わなかった。光の龍がゆったりと空を泳いでいる。
その様に見惚れているうちに、地面から足が浮いた。
「きゃ、」
「掴まっていてくれ」
私の身体を横抱きにして立ち上がったルーカスは声を潜めて囁き、すぐに走り始めた。周囲の誰もが花火に気を取られている中、彼だけが颯爽と走り続けている。
「打ちあがる時間を知っていたのですか?」
「さあ。どうだったか」
やはり大それた魔法を使ったわけではなさそうだ。
「まあ。本当に魔法の力だったのかしら?」
真相に気づいていながら問うてみれば、ルーカスは口角をあげて笑みを浮かべ、私の瞳を見つめた。
「レティ、あなたは本当に愛らしいな」
「あい……?」
「馬に乗ったことはあるか?」
「馬、ですか? 授業で一度だけ、教えていただきましたが」
「では相乗りなら、問題ないな」
突然変更された話題に戸惑っているうちに丁寧に地面に下ろされ、手を引かれて人気の少ない道を歩く。
「ヴィンター、馬を」
広場から遠ざかったところで声をあげたルーカスは、近づいてくる従者から馬を受け取り、すぐに馬上に私を乗せ、自身も後ろに跨った。
「ルーカス様」
「ルークだ。様もいらない」
「ル、ルーク?」
「ああ。そうだ。……あなたが昔行きたいと言っていた星の見える湖へ行こう」
「まっ……!」
囁きながら私の身体を引き寄せたルーカスは、私の制止の言葉を待つことなく手綱を握って馬の腹を蹴った。
彼が連れて行きたいと言った湖は、街から三十分ほど馬を駆けた先に位置しており、視界を覆い隠すように生い茂る林の中細い道を抜けると、ようやく足を踏み入れることができる場所だ。
「これは……」
林を抜けると、突如開けた湖にたどり着いた。澄んだ水面に今宵の星が輝いている。まるで空を地面に敷き詰めて、星をめいっぱいばら撒いたかのような湖だ。
馬から下ろされ、ゆっくりと水辺に近づく。しゃがみこんで、美しく輝く水面にそっと手を触れさせた。熱気にあてられた身体には気持ちがいい水温だ。
「気に入ったか?」
「……はい、とても。こんなに美しいところがあるなんて」
「――大人になったら、綺麗な湖が近くにある小さな邸で静かに暮らしたいと、そう言っていただろう」
昔を懐かしむように囁かれ、思わず後ろを振り返った。すぐ近くで、ルーカスが私を見下ろしている。
彼の言葉は、昔の私が彼と結婚するつもりもなければ、権力にも興味がないということを理解してもらいたいがために言ったものだ。
「側に邸を用意している。……レティが望むなら、この先の時間は二人でゆっくりと過ごすのもいい」
次期公爵であるルーカスに、隠居生活のような毎日が過ごせるはずもない。そのはずが、どうしてかこの言葉が嘘だとは思えなかった。
吃驚して黙り込んでいると、ルーカスは私と同じようにしゃがんで私の顔を覗き込んだ。
「俺もそのほうが好都合だ。あなたを独占することができるからな」
冗談とも本気とも取れるような瞳が私を射抜いている。彼はそうして、ややしばらく私の瞳を眺めていた。それから風に乱された私の髪へと視線を向け、躊躇いなく右のグローブから手を引き抜いて、その髪に触れた。
彼の指先が、髪を整えるように私の耳に触れる。
「ルー、ク」
「レティシア」
呼び止めようと声をあげると、同じように名を呼び返される。髪に向けられていた視線が、再び私の目に向けられた。彼の瞳の奥に熱がこもる。
「こうしてここで、あなたに思いを告げられる日が来ることを、長らく待ち望んでいた。ここ最近の俺の行動はあなたにとっては突然のことだろうが、俺は初めにオルティス公爵家の邸であなたに出会ったそのときから、将来を共にするならその相手はあなたただ一人だけだと決めていた」
夢を見ているような心地だ。
ここまでの四年間、私とルーカスの間には婚約者候補らしい記憶などほとんどない。すべてが義務的なものだった。
だからこそ最近の彼の姿にひどく狼狽えていた。しかし彼は、私と出会ったその日から、人生の伴侶を私と決めてくれていたというのだ。
「驚くのも無理はない。……すべての決着がつくまでは、決してあなたに悟らせまいと決めていた。真に愛する者ならば、死と隣り合わせにある己の側に、置くべきではない。それでも望むなら、すべての災厄を払ってから望むべきだろう。この場に来るたび俺は、いつかあなたを伴ってこの場に訪れる日が来ることを、切に願っていた」
だからこそ、ルーカスは闇の魔術師をすべて葬り去ってから、私に正式な求婚をしてきたというのか。
彼はいつもくだらない私の話にじっと耳を傾けてくれていた。形式的にでも、誕生日にはプレゼントを贈ってくれた。ケイシーを除けば、これほど長く私と向き合い続けてくれたのは、彼一人だ。
「どうして……、私を」
何一つ力を持たない私に、ルーカスはどうして目を止めてくれたのだろう。
「あなたを愛する理由など、数えきれない。あなたはいつも、何者かのために心を砕いている。邸にはじめて訪れたあの日も、学園の中でも、……恵まれない者への施しも、あなたが関わる事業もすべてそうだ。人々はあなたを慕い、あなたはその思いに応え続ける。その美しい目を俺にも向けてほしいと、そう思ってしまうのは、俺があなたに思慕の念を抱いているからであるとしか説明のしようがない」
「私はそのような素晴らしい人間では……」
「あなたの本心がどこに在ろうと、俺の目にはそのように映る。……そういうあなたを慕い、愛おしく思う。あなたの心に寄り添える存在でありたい。……レティ。いつも人々を救い続けるあなたは、どこにいても気が休まらないだろう」
耳元に触れていた指先が、そっと私の頬に触れた。
壊れ物を扱うように丁寧で繊細な手つきだった。この四年間の私の頑張りをすべて知っていて、認めてくれているかのような優しい温もりだ。
「俺は、あなたが過剰に背負い続けることを望まない。苦しみから最も遠い場で、安らかにあってほしい。俺の中にあるあなたへの愛というのは、そういうものだ」
彼の瞳の宝石の中で、流れ星のような光が煌めく。
「あなたが好きだ。レティシア。――あなたの秘密がどのようなものであろうとも、この思いが変わることはない。それだけは覚えていてくれ」
飾りのないまっすぐな告白に、胸が強く締め付けられた。
力強い眼差しに射抜かれ、言葉を返すこともできずに近くにある瞳を見つめ続けている。ルーカスは私の反応を見て、静かに笑っていた。




