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星が瞬く夜に4

 

「僕、その……」


 私たちのやりとりを、少し離れたところから子どもたちが見つめている。おそらくこの男の子と一緒に遊んでいたのだろう。


 ルーカスが買ってくれたアイスは、一つだけだ。ちらと店に視線を向けるも、売り切れの看板が立てられている。もしかすると最後の一つを持ってきてくれたのかもしれない。


「あの、そこのあなた」


 青ざめる男の子と視線を合わせるようにしゃがみこんで、努めて笑みを浮かべた。そばかすの散った頬が愛らしい実に快活そうな男の子だ。


「お怪我はないですか?」

「……はい、ごめんなさい」


 目に涙を溜めながら、丁寧に頭を下げている。その姿が、どうしてか前世の妹の姿と被って見えた。


 ちらちらと、地面に溶けていくシャーベットアイスを見つめている。よほどショックだったのだろう。


「これを、私の代わりに食べていただけませんか」

「……え? でも」

「お腹がいっぱいで、困っていたんです。差し上げますから、代わりにこれからはきちんと前を見て歩くと約束できますか?」


 首を傾げてみると、男の子はおろおろと視線を揺らして、一瞬ルーカスの表情を見上げた。しかし、すぐにこちらへと視線を戻し、何度も頷きながらアイスを受け取った。


「ありがとう。……それと、次からは、気を付け、ます」

「ええ。こちらこそ、もらってくれてありがとう」


 素直な言葉に頷いて立ち上がり、ルーカスの表情を見つめる。そうすると彼は少し困ったような顔をしてから、視線を男の子に向け直した。


「両親はどこだ? 夜も遅い、連れがいないなら……」

「みんなそこで踊ってるよ。お兄さんたち、この町の外から来た人? 大人はこの時間から花火が打ちあがり終わるまで、ずーっとそこで踊ってるんだ。……お兄さんたちも行かないの? あそこで踊ったら、夫婦円満でいられるって噂だよ」

「ふ、夫婦……!?」


 まさか私たちの姿を見た子どもの口からその言葉が出てくるとは思ってもおらず、あからさまに動揺してしまった。


 慌てて否定しようとするもルーカスに手を握られ、上手く言葉が出てこなくなる。


「そうか。連れがいるならいい。……レティ、よいことを聞いたな。せっかくだ。俺たちもどうだろうか」

「え、ええ? 今からですか?」

「ああ」


 ルーカスが私の視線を促すように、ちらと男の子の顔を見やった。その目線を辿って目を向けると、男の子はそわそわと体を動かしながら私たちとアイスを交互に見つめているようだった。


 早くアイスを食べてしまいたいが、私たちがいる手前、口にできずにいるらしい。


「そう、ですね……」


 状況を察して頷くと、ルーカスは私の手を取ってゆっくりと歩き出した。


 こっそりと振り返り見てみれば、私たちが立ち去った途端周りから子どもたちが飛び出してきて、男の子に声をかけている。


 その姿が見えなくなったところで、もう一度口を開いた。


「……せっかくのいただきものを、ごめんなさい」


 広場では、子どもに聞いた通り様々な年代の男女が曲に合わせてステップを踏んでいた。


 ここにあるのは私が教わってきたような曲でも、格式ばった踊りでもない。それぞれが思い思いに踊りを楽しんでいるようだ。


 平民たちが笑い合う姿が宙に浮く光に美しく照らし出されている。


「いいんだ。あなたは慈悲深い人だからな。こうするだろうとわかっていた」

「慈悲深いと思ったことはありません、が」

「あなたがアカデミーで何と呼ばれているのか、知らないのか?」

「アカデミーで、ですか?」


 何かよくない噂を立てられているのだろうか。思い当たる節もなく、首を傾げる。私の姿を見下ろしたルーカスは、おかしそうに表情を崩していた。


「まるで聖女だと」

「聖女? そんな、それはジェシカ様です!」


 あまりの信じがたい言葉に、声が裏返ってしまった。慌てて否定するも、ルーカスはやはり少しおかしそうに笑っている。まるで、私が否定することまでわかっていたかのような表情だ。


「ああ、そうだな。しかし、俺にとってはあなたもまたジェシカと同じだ」


 レティシアはゲームの終盤でラスボスとなり、聖女を邪魔する存在だ。ジェシカと同じになれるはずがない。私の声なき声を察したのか、ルーカスは、苦笑しつつ空気を変えるようにその場に片膝をついた。


「だが、これ以上レティを占有できる時間が減っては困るから、あなたが聖女であることは隠しておく。……私の聖女、私と一曲踊っていただけないか」


 父に社交界に出ることを禁じられているから、ルーカスからダンスの誘いを受けることはなかった。今後も、一生ないものだと思っていた。


 だからこそ、昔の私は、そういう日が来てくれたらいいのにと、ルーカスに言ったのだ。


 一生分の宝物を貰ったような気分だ。


 愛されることを諦めていた相手に、手を差し出されている。絶対に手の届かない人だと言い聞かせ続けていた相手が、私だけのために微笑んでくれている。


 夢のような現実に、胸が痺れた。


 この手を取って曲が終わったら、今日が、この夢のような一日が終わってしまう。


 結局抗いきれずにルーカスを愛してしまった私は、ゲームのように、恐ろしい力を手に入れてこの世界を破壊しようとするのかもしれない。


「レティ?」


 私は本物のレティシアではない。そのことを、これほど誠実に向き合ってくれるルーカスに黙っていていいはずもない。



 この夜が終わる前に、全てを話そう。


 聖女であるはずがなく、レティシアでもない。私という存在のことを、包み隠さずすべて話す。


 だから今だけは全てを忘れて、この夢のような一時を胸に抱いていたい。


「もちろん、よろこんで」


 微笑んで手を触れさせたら、ルーカスは誰よりも幸せそうに笑って、私の手を握った。

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