星が瞬く夜に3
夜の帳が降りて、宙に浮かぶランプの光がより一層幻想的に映る。
土産を選び終え、どこからともなく現れた従者に花を渡してから、ルーカスには何がしたいかと改めて問いを立てられていた。しかしその問いに答える前に、周囲から現れた売り子たちに次々とお菓子を勧められ、あっという間に両手が塞がってしまった。
二人で顔を見合わせながら笑って、結局何をするでもなく街をゆっくりと回りながら飴細工を舐める。
加工に魔法が使われているのか、チョコレートケーキが氷のように冷たい飴細工にコーティングされている。しかしそのケーキの生地の中はまだ温かく、齧りつくとチョコレートがとろけて出てくる。未知の食感に思わず感嘆のため息が漏れた。
なかなか味わい深いスイーツではあるが、チョコレートを溢してしまいそうだ。こぼれ落ちかけたチョコレートを慌てて口に含み、ちらりとルーカスを見上げる。
「どうした?」
どのようにしてルーカスがこれを食べているのかを見ようと思ったのに、彼はすでにすべてを食べ終えたらしい。
「いえ……。ルーク様は甘味がお好きだったのですね」
ルーカスは基本的に出されたものをすべて綺麗に平らげる。しかし、これほどまでに早く食べ終える姿など見たこともなかった。私も甘味は好きだが、いかんせん歩きながら食すのが初めてでどうにも落ち着かない。
それにしても、食の趣味が同じだったとは知らなかった。一人で勝手にうれしくなって笑みを浮かべると、ルーカスは一瞬虚をつかれたような表情を浮かべ、おかしそうに笑った。
「ああ、そうだな」
「何かおかしいですか?」
「いや。今自覚したところだ。たしかにレティと共に食す甘味はうまい。……まだ食べられそうであれば、あの白葡萄のシャーベットアイスもどうだろうか。この街の特産品だ」
魅力的な誘い文句だ。しかし、ルーカスが指さした店の前には人だかりができている。
「ですが、とっても混みあっているようですし」
「問題ない。あなたはそこに座っていてくれ。何かあればすぐに護衛が来る」
ルーカスの手に導かれるまま、テラス席に座る。そうして彼は私の髪にそっと触れながらもう一度口を開いた。
「ゆっくり食べていてくれ。万が一レティに悪意を持って触れようとする者がいればすぐに吹き飛ぶよう、魔法をかけておく。安心していい」
あまり安心できない言葉を囁かれたような気がするが、答える前にルーカスが店へと歩き出してしまった。歩きながら食べることに苦戦していたのが気づかれていたのかもしれない。
遠くからでも、ルーカスがどこにいるのかがよくわかる。背が高く体格のいい彼は周囲の視線を一身に受けている。しかし、彼自身はそのことに慣れきっているのか、まったく気にした様子を見せていない。
人ごみに紛れてその背中が隠れた瞬間、ゆっくりと息を吐いた。
私たちは、いつの間に祭のメインストリートにたどり着いていたようだ。広場の中央では、劇が行われているらしい。
黒い魔道服を着た役者に向かって、聖女と呼ばれる女性を守るように騎士が立ち、剣を突き付けている。
悪者を成敗する騎士と聖女の物語のようだ。
「ジェシカ様、あなたは安全な所へ」
「いやです! ルーカス様のお側を離れたくありません!」
この地で演じられる劇であれば、その主役としてルーカスとジェシカが登場するのも当然だ。二人の役者は手を握り合い、闇の魔術師に対抗しようとしている。
「ああ! ジェシカ様……!」
情熱のこもった演技を、観客も固唾を呑んで見守っている。
本物のジェシカは、自らが聖剣を握って闇の魔術師を葬る側に立っているのだが、そのような細かな事情は知られていない。ルーカスもおそらくは剣での戦いよりも、魔法での戦いのほうが多いだろう。
「ジェシカ様……っ! 危ない!」
物思いに耽りかけているうちに、話が随分と進んでいたらしい。
闇の魔術師はすでに討たれ、ルーカスもその場に伏せっている。相打ちを思わせるような場面だ。その姿が記憶にあるゲームのエンディングを彷彿とさせる。
「ルーカス様……! ああ、そんな!」
「ジェ……シカ、……俺は、あなた、を」
――見ていられない。
最後まで聞くのが恐ろしくなって、逃げるように立ち上がる。顔を背けて走り出そうとしたそのとき、視線の先に、少し驚いた顔をしたルーカスが見えた。
「レティ?」
「あ……、おかえり、なさい?」
一瞬、ここがどこかを忘れかけていた。
約束通りアイスを購入してくれたらしい。
ルーカスは生きている。そのことをゆっくりと思いだして、ふらふらと彼の前へと歩いた。
「どうしたんだ?」
「いえ……、少し、驚いて」
「ああ、あれか」
ちらと舞台を見遣ったルーカスは少し呆れ顔をしながらため息をついた。舞台上では、何かの奇跡の力によってルーカスが復活を遂げ、二人は抱き合って喜びを噛み締めている。
その演技を見つめた彼は、丁寧に私の手にカップアイスを握らせて、安心させるように囁いた。
「すまない。……どうも誤った噂が知れ渡っているようだ。あなたの知る通り、俺とジェシカの間にはあのような関係は一切ない」
きっぱりと言いきって、私の顔を覗き込んでくる。私が心配していたのは、ルーカスがゲームの通りに死ぬ未来だ。そうだったはずだ。
そのはずが、ルーカスの説明に、心のどこかで安堵している己がいることに気づかされる。
「……レティ?」
ルーカスがゲームと同じようにジェシカに心を捧げて私から離れていくと言ったら、私は間違いなく、立ち直れなくなる。きっと、絶望の底に叩き落とされることだろう。
あれだけ好きにならないようにしようと気を付けていたのに、あれだけ、邪魔にならないようにしようと心に誓っていたのに。
やはり私は、ルーカスを好きになってしまったのだ。
「あなたが不快に思うなら、今すぐにでも中止させ――」
「私……」
いずれこの思いが、あなたを殺してしまうかもしれない。
口に出すはずだった言葉は、ルーカスとの間に突如入り込んできた小さな影にかき消された。
小さな子どもだ。私にぶつかりそうになったその子は慌てて進路を変えようとしたのか、体勢を崩して転びそうになっている。無意識に手を伸ばすが、私の手が触れる前にルーカスがその身体を掴み寄せた。
しかし、その男の子の手に握られていた白い何かが宙に投げ出され、地面に音を立てて叩きつけられた。
「あっ……!」
子ども特有の高い声が上がり、思わず落ちた物を目で追ってしまう。どうやら私が今手に持っている物と同じ、ジェラートのカップらしい。
悲惨な状況に、言葉を失ってしまった。
「ご、ごめんなさい! 僕、前をよく見ていなくって……、ごめんなさい」
慌てて謝罪を繰り返す男の子は、ルーカスの表情を見上げて青い顔をしている。
私から見ると、ルーカスは些か困った表情を浮かべているのだが、初対面ではわかりにくいのかもしれない。子どもが怯えるように一歩後ずさった。




