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前世の死と謎の復活

 レティシア・オルティスは『聖女の信愛』という乙女ゲームに登場するゼルヴァン王国の公爵令嬢である。オルティス公爵家の薔薇姫と呼ばれるほどの美貌と強い魔力を持つ女性だ。


 その肩書だけを見れば、ゲームの主人公その人のようにも思えるが、彼女はその素晴らしき容姿と才能をもってしても度し難いほど、苛烈な性格をしていた。


 レティシアは強烈な癇癪持ちで、気に入らない者に残酷な制裁を与えることを厭わない。そういう悪逆非道な行いができる程度には魔法の才能があった。しかし、すべてを思いのままにできる稀代の悪女にも、たった一つだけ手に入らないものがあった。それが、『聖女の信愛』の攻略対象者の一人であるルーカス・キングストンだ。


 ルーカスは王命によってレティシアの婚約者候補となった。しかしその関係はレティシアの悪辣な噂を耳にした王が、王家の忠実な騎士であるキングストン家に彼女の監視を命じたために結ばれたものであり、ルーカスがレティシアに惹かれることはなかったのだ。


 ルーカスが愛する相手は、このゲームの主人公である聖女、ジェシカ・ブランシェット男爵令嬢だ。『聖女の信愛』とは、男爵令嬢が王国を救う聖女となり、やがて麗しい紳士たちと運命の恋に落ちるというシンデレラストーリーだ。


 ルーカスは幼馴染であるジェシカへの献身的な愛をその胸に秘めながらも決して結ばれようとはせず、悪女レティシアの興味を彼女から引き離すために婚約を結び、魔の手から聖女を守り抜く高潔な騎士だ。


 寡黙で聖女への愛の言葉も少ないが、しかしレティシアのどのような誘惑にも屈せず、清純な愛を貫き通す。そのいじらしいほどに誠実な姿は涙なしには見られなかった。


 彼が愛する人と幸せになるところが見たいと心から願っていたのだが、前世の私は、恐ろしく乙女ゲームの選択肢を選ぶのが下手だった。


「お姉ちゃん……、またレティシアとの相打ちエンドになったの!?」

「あはは、おかしいなあ……、真剣にやってるんだけど」

「恋愛ゲーム音痴もここまでくると、可哀想になるなあ」


 前世の私は身体が弱く、ほとんどの時間を病院のベッドの上で過ごした。しかし幸運にも温かい家族に恵まれ、可愛い妹は、学校を終えると毎日病室へと顔を出してくれた。


 学校生活を羨む私の言葉を聞いた妹は、学園もののゲームを差し出してきて、私の心を和ませてくれた。『聖女の信愛』も、妹が勧めてくれたゲームの一つだ。しかし何度やり直しても、どうしてか結末は最悪のバッドエンディングを迎えてしまう。


 ルーカスルートでの最悪のバッドエンドは、聖女とルーカスの仲に嫉妬したレティシアが闇の魔法に手を出してラスボスとなり、聖女とルーカスが二人で倒しに行くも、ルーカスがレティシアと相打ちになるというものだ。


 強大な力を手に入れたレティシアは、全てを崩壊させることを望み、世界を闇で支配しようとする。そうして自我を失ったレティシアを知ったルーカスは、その命をなげうってジェシカを守るのだ。


「ここまで下手だと、もはや一種の才能だよね」

「才能かあ。恋愛音痴、なのかなあ」

「お姉ちゃん、好きな人とかできたことないの?」


 十四歳になった妹は、最近恋愛の話をたくさんしてくるようになった。もしかすると、素敵な男の子がいるのかもしれない。一方私が知り合うような男性は、医者かご年配の患者ばかりだ。一緒に恋愛の話ができれば妹を喜ばせることもできそうだが、こればかりはすぐに解決できる問題でもない。


「ええ? だって、お隣さんなんておじいさんだし……」

「まあそうだけど」


 ――それに、私はもうすぐ死ぬ。発作が起きる間隔が短くなっているのだ。


「じゃあじゃあ、今度こそハッピーエンドになるように私がアドバイスしてあげるから!」

「それは頼もしい」

「レティシアなんて、すぐ倒せるよ!」


 自慢するように胸を叩く妹の姿がおかしくてくすくすと笑い声が漏れた。


 レティシア・オルティスは、おそらく、孤独な令嬢だった。彼女は早くに母を失い、父である公爵には興味を持たれることもなく、ネグレクトされていた。だから、ただ一度だけ、幼いころにたまたま落としたハンカチを拾ってくれたルーカスに激しく執着してしまったのだろう。


 一人は寂しい。私も家族がいなければ、悲観的になって、笑いながら短い人生を楽しむこともできなかった。


「そうだねえ。もちろん推しとジェシカの幸せも見たいけど、レティシアがラスボスにならなくていい道がいいね。そういうエンディングもある?」

「ええ~? ないない! それ、レティシアがルーカスを好きにならないくらいの道じゃないと、たぶん無理だよ」

「そうかなあ。たとえば、私の可愛い妹みたいに優しくって面白いお友達がいたら、きっとこうはならなかったんじゃない?」


 同じバッドエンドを繰り返しすぎたからか、レティシアの最期の独白が忘れられない。


『やっと、終わる、の……ね』


 それは、長らく苦しみ続けた少女の嘆きのようにも聞こえた。ルーカスとジェシカにも幸せになってほしいが、それと同時に、レティシアが救われる終わりがあってほしい。そのことを妹に伝えようと口を開いたそのとき、音を奏でるはずだった唇から、毒々しい赤がこぼれ出た。


「お姉ちゃん!?」


 慌てる妹の姿が見える。大丈夫だと言って安心させてあげたいのに、どうしてか声が出なかった。


 息が苦しい。指先が冷たい。感覚がなくなりつつある。ナースコールを押した妹が、涙を流しながら何かを叫んでいた。


 妹のゲーム機に血がついている。絶対に壊さないようにときつく言われていたのに、このままでは壊してしまう。


「ごめ、……ん」

「お姉ちゃん……!? お姉ちゃん!! だめ、だめ!!」


 レティシアはその命が終わる瞬間、終焉が訪れることに安堵していたように見えた。しかし、どうせなら私は、もう少し生きてみたかった。


 妹を泣かせるような姉のまま、生涯を終えることになってしまったのが悔しい。大粒の涙を流しながら私に縋りつく妹を見ながら、私は一抹の後悔を思って、その生涯を終えた。――はずだった。



「ルーカス・キングストンだ」


 挨拶の言葉というには、あまりにも足りない。言葉少なに唇を閉じる美少年を見て、呆然としてしまった。

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