許される思いならば
昔、私が話した些細な願いを叶えたいと言ったルーカスはその言葉の通り、あちこちに私を連れ出してくれるようになった。
彼曰く、闇の魔術の脅威が去った今、彼はそれほど忙しくない立場なのだそうだ。
ルーカスは学生の身ですでに戦いの中に身を置き、魔法学校でも執行部に所属して、なおかつ殿下の相談相手としての役割も背負っている。それでなくとも彼はキングストン公爵家の嫡男であり、次期公爵としてやらなければならないことはいくらでもあるだろう。
そのすべてを隠して、彼は私の手を取り続けている。
「手を」
「……ええ」
今日は王立図書館に出向いた。
私がオルティス公爵家に蔵書されている本をほとんど読み終わってしまったとき、ぽろりと「もっと本がたくさんあるところはないのかしら」と言ったのを覚えていたらしい。
馬車の下で手を差し出すルーカスに触れながら、ゆっくりと段差を降りる。
今日はしばらく互いに気になる本を探して離れていたはずが、一冊の本を読み耽っているうちにふいに視線を感じて顔をあげると、少し離れたところからこちらを見つめるルーカスの姿が見えた。
『何か気になるところがありましたか?』
『いや、あなたを見ていたかっただけだ』
慌てて声を潜めながら聞いたのに、ルーカスの回答は何とも返しに困る一言だ。
さすがにこういう言葉を何度も言われ続ければ、あしらい方もわかるようになりそうだが、いちいち大げさに反応してしまう。
なるべく気のないふりをして邪険に扱おうとしているのに、ルーカスは私の興味や歓心を買うのが絶妙に上手くて、すぐに会話を引き出されてしまう。そのため、彼の珍しい冗談に顔を赤くしたり、はたまた声をあげて笑ったりしてから慌てて顔を背けることばかりが続いていた。
今日も顔を赤くする私を見て満足そうに微笑んでいた彼の記憶を頭からかき消して、努めて無心でオルティス家の玄関へと歩く。
「……ありがとうございます」
完璧なエスコートによって玄関まで送り届けられ、丁寧に礼を告げる。私の言葉に、ルーカスは小さく微笑んだように見えた。
どれだけ大切にしようとしてくれているのか、視線だけでも伝わってくる。
ルーカスにあちこちに連れられるようになってから、すでにかなりの日数が経っている。私の誕生日までは、あと一週間ほどだ。
「明日は朝のうちに迎えに来る」
「……はい」
週に二度の休暇にあたる明日からの二日間は、キングストン公爵家が治める領地に誘われていた。ルーカスからは、この日を最後に婚約者候補の関係を解消してもいいと約束されている。
「レティシア」
「はい、ルーカス様」
ルーカスはさらりと私の髪を梳いて、毛先がその手のひらからこぼれ落ちていくさまを切なげに見下ろした。
「あなたに会えるのが待ち遠しい」
私だけに聞こえるような声で囁いた彼は、返事を待つことなく静かに笑んだ。
「レティシア。よい夢を」
簡潔に別れの言葉を告げて踵を返し、歩みを進めていく。
私がどれほどつれない態度を取っても、ルーカスは切なげに笑むばかりで決してこの時間を取りやめようとはしてくれなかった。
素直に楽しいと言えたら、私も明日また会えるのが待ち遠しいと言えたら、どれだけいいだろう。
二人の時間が楽しければ楽しいほど、一人になった瞬間、重苦しい何かに全身が押しつぶされそうになる。
「お嬢様、おかえりなさいませ。旦那様がお呼びです」
「そう。すぐ行くわ」
執事の言葉に頷きながら上着を渡し、彼と共に廊下を歩く。父が私と話すことなど、一つしかないだろう。
「お父様、ただいま戻りましたわ」
執事によって開かれた主人の部屋へと足を踏み入れ、書類に目を通している父へ一礼する。
「……キングストン家の子息とは、それなりの関係を築いているようだな」
父は開口一番に言い放ち、書類から視線を外して私を見上げた。明日の外泊についてはルーカスから父へ伺いが立てられていた。その他にも、ここ最近の頻回な逢瀬を父が知らないはずもない。
「お前の人生の伴侶となる者だ。縁を深めておきなさい」
父との関係の溝が消えることはなかった。常に仕事に打ち込み、家庭には全く参加しない人だ。家族というよりも、逆らってはならない相手という印象が強い。
「そのようにいたしますわ」
深く関わり合っていない父とは言え、嘘を吐くのが心苦しくないわけではない。罪悪感を隠すため言われたことだけに答え、微笑みを顔に張り付けた。
しかし、それ以上何も言わずに退席を促す言葉を待っていると、父はいつもの反応とは違い、私の表情を見つめてもう一度口を開いた。
「……幼いころから、好いていた相手だろう」
ぽつりとつぶやかれた言葉に、一瞬意味が分からず呆然とする。
暫く声を失くし、ようやく父の言葉の意味をかみ砕いた。つまり父は、レティシアがルーカスに惹かれていることを知っていてこの縁談に応じたのだ。
「長らく好いた相手とすぐに夫婦にさせてやることもできず、この殺風景な邸に一人にさせて悪かった。形式的な場だけにとどまって、あまり良好な関係を築くことができていないのではないかと感じていたが……、無用の心配だったようだな」
表情を変えることなく語る父に返す言葉を探し当てることができず、呆然とその顔を見つめている。
ただ単に、王家への忠誠を示すための道具として扱われているのだと思い込んでいた。しかし父は、私のことを慮って、ルーカスとの縁談を進めてくれていたのだろうか。
「レティシア。……お前は母によく似ている。私はお前を見るたびに今は亡き母の面影が浮かんで、今日までうまく構うことができず、寂しい思いをさせた。今年の生誕の日は、お前が我が家で過ごすことができる、最後の誕生日となるだろう。この日は私も休暇を申し出た。……邸の者たちと、共に祝いたい」
今まで、一度も誕生日にディナーを共にしたことはなかった。そのような日など、訪れないと高を括っていた。
そういう他人行儀な父だからこそ、良心を痛めても、ルーカスとの関係を解消しようと手を尽くしてきた。
しかし父はこの国の英雄と聖女を労う叙勲式を蹴って、娘の私の生誕の日を祝うと決めたのだ。
「明日から二日、楽しんできなさい」
「……はい。ありがとうございます」
退出を促され、部屋を出ながら父から発せられた言葉を思い返し、瞼をきつく瞑った。




