若返れ、自分
元役人の大魔人金は、ある変な夢から目を覚ますと、自分の口に泥がついているのを発見した。泥をつけられた覚えはない。ただ、微かに光が、金の頬を明るく照らしているだけであった。そしてそれは金に役人だった頃を思い出させた。泥に愛着が湧いたのか、自分でもよくわからないが、付いたそれを取ろうともしないで、まだ温かみのある布団を出た。街に出ると、人がわんさか集まっており、それは何やら騒ぎが起きている事を金に知らせた。人々は口々に「魔法の石だ」と罵っている。だがこの歳にもなると、体が思うようには動かなくなってきている。見ようにも見えまい。さらに刀を刺している左腰が、微かに痛いのである。絶望した瞬間にさっと誰かが群衆を飛び抜けて、なりふり構わずこちらへ突進してきた。あまりの行動にわっと思うと目の前に赤い着物を着た十二・三歳くらいの男が、輝かしい宝石のようなものを隠すように持っていた。金はそれをかわそうと一所懸命だったが、男はこちらをよけるようなこともしないで、老人への気配りをもやらずに、せっせと八方美人の石を持ちながら、わざとこちらにぶつかった。その瞬間金は「痛いなあ。気をつけてくれよ」とでも言いたかったが、金はその勇気をも失っていたので、この時が過ぎるのを待つ選択をした。だがその選択は間違っているとでも言うように、男はさらに石を持っている両手をこちら側へ一斉に向け、笑いながら目の前で破裂させた。中にはどす黒いものがたっぷりと詰まっていた。金にはなぜそれを群衆は欲しがるのか、全く理解が出来なかったが、その先どんな後悔が待っていようとも、奇妙な物には怪物のような顔をして貪り罵る、人間の愚かさを見せつけられた気分になった。そしてその男は言うのである。「アンタが悪ぃんだ。行動をしなかったからだ、言葉に出さなかったからだ。おれは今追われているんだ。助けてくれるならそれを直しておめえにやるよ。なんでもそれは一つで大判十枚の価値がある代物だぁ。それが今四つあるんだ。見ず知らずの奴にやるなんて滅多にねえ話だろぉ?」群衆の目に光がうつる。邪悪な光だ。男はそれで自分が優位に立ったとでも思ったのか、見下すような目をして、「だがな、その代わり、おれを助けなかったらその話は終わりだ。どうする?やってみたら得するぞ?」と一言呟いた。すると急に男の表情に焦りがあるのが見て取れたので、金はすぐにそれは嘘だと見破った。金は昔から人の考えていることがわかるのである。なので金は「残念だが、それは無理だ。こんな老人にそんなものを預けても、なんの効果もない。ましてや私にはその価値がわからない。そしてお前達のような暇人を相手にしとうはない。そしておれは大判を欲しくはない。もらう物と稼ぐ物とでは、物事の価値が違う。お前達のような者を、私は厄介者と呼んでいる。」と言い、群衆に支持された。