第99話 ハリーと最後の賭け
ハリーとトントは時空転移装置の操作パネルへと向かい、ヘンリーの遺体を横に寝かせると装置を止める方法がないかを探した。操作パネルには幾つもの計器やボタン、レバー、ダイヤルが所狭しと並んでいる。
ハリーは並んだボタンやレバーを手当たり次第にいじってみる。トントは窓辺に向かい、外の光の球体の様子を眺めた。
「外の方はどうだ?」
(ダメだ!球体は縮むどころか大きくなる一方だ!)
「チッ…やはり奴の言う通り、俺たちでは装置を止められないというのか…」
ハリーが操作パネルの前で項垂れる。このまま装置を放っといてトントとメトロポリスから逃げるべきか。しかし逃げたとしても助かる見込みはあるのか。はたまた自分たちだけ助かっていいものか。
ハリーが溜め息を付いて、窓辺に佇むトントを見る。するとトントがハリーを呼ぶようにジェスチャーした。
(ハリー、ちょっといいか?)
「どうしたトント?」
(外を見てくれ。戦いが止んでいるみたいなんだ)
「そりゃそうだろ。あんな光の球体が上空に現れたんなら戦いどころじゃないだろ」
(そうじゃないんだ、様子がおかしい)
トントの言葉に首を傾げたハリーがトントの横へ行き、外の様子を眺めた。上空にはヘンリーが発動させた時空転移装置の光の球体が膨張を始めている。
そして眼下にはマフィア連合軍と執政院側の警備隊の衝突が繰り広げられている…と思いきや敷地の真ん中辺りで何人が話し合っているのが見えた。
先程まで激しい戦闘が行われていた形跡はあり、辺りには破壊された車輌や建物の残骸に夥しい数の死体が転がっている。
「あれは一体何だ?さっきまで戦闘はあったみたいだが、何か話しているみたいだ」
(…ハリー、あれって劉とエリックじゃないか?)
トントが真ん中で話し合っている人間を指す。ハリーも話し合いの場にいるのが劉とエリックであることに気づいた。そして話し合いをしているのは二人だけではない。
劉とエリックに対峙するように黒いローブに身を包んだ一団が何やら交渉していた。その姿はヘンリーの着ていた装束に酷似している。
「あれは…執政院の評議員たちだ…劉とエリックと…何を話しているんだ?」
(もしかしたらだが、停戦交渉ってやつか…?)
「停戦交渉?…なるほど…確かにあり得ない話じゃないな。…ん?」
外の様子を見ていたハリーが何かを見つけて、少し考え込んだ。トントは思わずハリーに尋ねる。
(どうしたんだ、ハリー?)
「いや…ちと思い付いたことがあってな…。もしかしたらこの装置を破壊できる手段が見つかったかもしれない」
(何!?)
「ただ余りにも危険な賭けだ。下手したら助からないかもしれない。…だがこのままでは、あの球体に飲まれるのがオチだ。やるしかない」
ハリーは意を決すると窓辺を離れ、何やら布や紙を集め始めた。そしてライトアップ用の大型の照明器具を窓辺に持ってきて、眼下の人間に当てる位置にセットした。
………………
一方その頃、戦場となったメトロポリス執政院の敷地ではエリックと劉が合流して今後の対応を協議していた。執政院側の主力であったケヴィンとスティーブンを仕留めたものの、マフィア連合軍側もガーランドを含めた大半の構成員を失った上、エリックも劉も手負いの状態だった。これ以上戦闘を継続すべきなのか、一旦方針を確認し合う。
「エリック…そちらの怪我は大丈夫なのか?」
「見た通りだ。既に片腕は使えないし、あちこち骨もやられている。満足に戦える体ではないだろう」
「私も無理矢理退院したが、まだ万全ではない。紫蘭や構成員はまだ無事だが、執政院側には警備隊の他、機動隊もまだ控えている。これ以上長引けば、此方の方が不利になる」
「分かっている…評議員の連中を皆殺しにしなければ収まりそうにないな…」
エリックは蔡一門の構成員の肩を借りて立ち上がる。マフィア連合軍側に勝機は向いているとはいえ、消耗戦を余儀なくされている状況だ。
エリックと劉が考え込む中、執政院の建物から白旗を掲げた黒いローブの一団がマフィア連合軍に近づいてくるのが見えた。マフィア連合軍側は即時迎撃できるよう武器を構える。
「…あれは…執政院の評議員ではないか?」
劉が驚いた様子で一団を見据える。エリックも一団の持つ白旗に気づき、構成員たちに武器を下ろすように命じた。黒いローブの一団はエリックと劉の前に来ると静かに跪いた。
「…我々執政院側はこれ以上の戦闘を望まない。即時停戦を要求すべく此方に参上した次第である」
「…?どういうことだ?」
「此度の抗争の引き金を作ったのは執政議長であったヘンリー・ダマスカスによる独断専横であった。執政議長を筆頭に「ジョーカー」と呼ばれたケヴィン・モルトシオネ、並びにスティーブン・アンブロアによる非人道的な行為やこれまでの不可侵条約を破る行為を繰り返してきたことが抗争の直接原因であると評議会は判断した。よって原因となる執政議長を排除する決議を行い、先程可決された次第だ」
「「なっ………!!」」
執政院側の報告にエリックと劉が思わず言葉を失う。評議員たちは更に続けた。
「これ以上互いに犠牲を増やす真似はしたくない。今回の件は我々執政院側で対処する故、何卒停戦を受け入れてくれないだろうか?」
「……肝心の執政議長はどうした?此処にはいないのか?」
「満場一致で不信任が可決された直後に行方不明だ。別途訴追するつもりなので指名手配を機動隊並びに警備隊に命じている」
「………どうする、エリック?」
劉が少し考えてからエリックの顔を覗き込む。エリックも思うところがあるのか、考え込んでいる。評議員たちは黙って二人の判断を待つことにした。しばしの沈黙が流れ、辺りに緊張が張り詰める。
「……わかった。我々もこれ以上の戦闘を望むことはしない。一時停戦といこう」
エリックが沈黙を破り、執政院側の要求を受け入れることにした。エリックの判断に劉も評議員側も安堵の表情を浮かべる。と、その時突如地面が揺れ出した。全員が慌ててその場に伏せて揺れが収まるのを待つ。
「地震…!?」
「さっきもあったみたいだが…何なんだ?」
全員に動揺が広がる中、上空が明るくなり始めた。エリックと劉が見上げると執政院のビルの上空に光の球体が現れているのに気づいた。光の球体は徐々に膨張する。
「あれは!!さっきも地震の後に現れた光だ!」
「…時空転移装置…」
光の球体を見た評議員の一人が呟いた。劉が驚いて評議員に詰め寄る。
「時空転移装置だと!?」
「…執政議長だったヘンリー・ダマスカスが推進していた装置だ。先程の地震も執政議長が装置を発動したことで起きたものだった。まさかまた…発動させたというのか?」
「そいつは何処にある!?」
「確か…このビルの最上階とか…」
エリックと劉が顔を見合わせて、構成員たちにビルに向かうように指示する。が光の球体はみるみる内に執政院全体…どころかメトロポリスを飲み込むサイズにまでなった。
「急ぎ全員退避するのだ!飲み込まれたら別の世界に飛ばされてしまう!」
「し、しかし…何処へ?今から逃げたとしてもメトロポリスを脱出するまでに飲まれてしまう…」
「だが、どうやって……」
評議員たちが呆然とする中、執政院のビルを見ていた紫蘭があるものに気づいた。
「父上…双眼鏡はありますか?」
「どうした紫蘭!?」
「あれが分かりますか?」
「ん?」
紫蘭に促されて劉も光の球体から執政院のビルに視線を変えて双眼鏡を覗いた。すると…
「ハリー…!?な、何故奴が…?」
劉の視線の先にはハリーが照明器具を使って信号を送っていた。そしてその後ろからは布や紙で火を起こしているのか煙が見える。何か合図を送っているようだ。
「ハリー…?奴は何をしているんだ?」
「何かメッセージを送っているようだ…えーと…『今すぐ此処にロケット弾を打ち込め。まだ間に合う。中から火を起こしただけでは足りない。一気に吹っ飛ばせ』だそうだ」
「まさか…彼処に時空転移装置が!?」
エリックと劉が驚愕した。紫蘭はハリーを見て心配そうな表情を浮かべる。が、そうこうしている間にも光の球体は大きくなり、執政院の最上階のすぐ近くまで迫っていた。エリックと劉は互いにコクリと頷くと、構成員たちにありったけのロケット弾をすぐに用意させる。
評議員たちはエリックと劉の行為に驚くが、二人の有無を言わさぬ気迫に動くことができない。そしてロケット砲を執政院のビルに向くように配備した。
ロケット弾が向いたのを確認したのか、ハリーは建物内に引っ込み双眼鏡の視界から消えた。
「…ハリー…まさか死ぬ気じゃないだろうな…」
紫蘭が青ざめた表情で双眼鏡を下ろした瞬間、エリックと劉の号令で一斉にロケット砲が発射された。
…………………
「覚悟はいいか?トント」
(…ああ出来てる。生きるか死ぬか分からないが、やるしかないな)
「生きていることを願うよ。もしダメだったら来世で会おうぜ」
(……こんな時に冗談はやめてくれよ)
ハリーとトントはロケット砲が設置された方角とは逆の窓辺に立っていた。劉たちがロケット砲を用意しているのを確認すると大急ぎで布を自分たちに巻き付けて即席の命綱を作った。後は飛び降りるだけだ。
心臓をドキドキさせながらハリーとトントはその時を待つ。すると遠くの方から飛来音が数発聞こえてくるのにハリーは気づいた。
「さあ行くぞ!!!」
ハリーの叫びと共に二人はバンジージャンプの要領でダイブする。と次の瞬間、着弾した最上階から爆風と豪炎が吹き出した。
次回最終回です




