第91話 在るべき場所
アリアからグランシステリア王国への定住を勧められたものの、ハリーとトントの腹の中は既に決まっていた。とはいえ、遺跡の発動の条件となる次の満月まではまだ時間がある。
ハリーは王宮の尖塔の部屋にて一日中ボンヤリと考えていた。何もしないハリーを見かねてトントが寝そべっているハリーの胸に飛び乗る。
(なあ、ハリー…このままグダグダしてて大丈夫か?)
「分かってるよ。でもどうしようもこうしようもないだろ」
(確かにそうなんだが)
「トント、焦る気持ちも分かる。俺だって早くメトロポリスに戻りたい。でも…ここ数日で揺れ動いているのも事実だ」
(ハリー?)
ハリーは起き上がると、ベッドに腰かけて項垂れた。その表情はいつも以上に真剣そのものである。
「俺たちは此処にいるべき者ではない。在るべき場所へ帰らなくてはいけない。でも、そうなると…もうアリアに会うことはできない」
(…確かにその通りだ)
「なあ、トント。本当に今更ながら何だが、俺はどうやらアリアに相当惚れていたらしい」
(…本当に今更だな。ようやく認めたか)
ハリーが自嘲しながら本心を明かすと、トントは呆れたように頭を掻いた。ハリーは照れ臭そうな表情を浮かべ、苦笑した。
「俺は心の何処かでマリアの死を認めていなかった。だからアリアに好意を抱いていたとしてもマリアの存在がずっと心に引っ掛かっていた。マリアを殺した真犯人がダマスカスであることが分かったものの、もし奴に復讐を遂げたとき俺に何が残るのか、それをずっと考えていた」
(ダマスカスに復讐してもマリアが帰ってくる訳ではない。それは私も重々理解している)
「復讐なんて意味のないものかもしれない。徒労に終わるかもしれない。でも…ずっと心のしこりが残ったまま、この国で一生過ごすのは俺の性に合わない。だからこそ俺は危険を承知で奴と決着をつけねばならない」
(ハリー…)
「トント、俺はアリアを愛している。でもやはり彼女と俺では住むべき世界が違う。一日中悩み続けていたが、どうやっても結論は一緒だ。俺たちはメトロポリスに帰らなくてはいけない」
(後悔はないのか?)
「…ある、がそれを言い出したらキリがない。とにかくお互いに未練が生まれない内に早く此処からオサラバしないと…でなければ、取り返しがつかなくなる」
ハリーとトントが話し合っている部屋の外でアリアが聞き耳を立てていた。ハリーの告白に驚きつつも、決断が揺るがないことに寂しい表情を浮かべた。そして一筋の涙を溢すと、それを拭って何事もなかったように王の間へと戻った。
…………………
数日後、満月の夜を迎えた。遺跡での儀式は秘密裏に行われる形となり、ハリーとトント、アリア、儀式を見守る司祭、そしてスイッチとアメリアの夫婦が立ち会うこととなった。
司祭が遺跡の中心にある祭壇に向けて詔を唱え、アリアが王位継承の証となるロケットを祭壇に捧げた。満月の月明かりが祭壇に差し込むと遺跡の周りから光が発せられ、光が一気に祭壇にあるロケットへと集約される。
光は眩いほどの強さとなり、やがて人一人が入れるほどの球体となって遺跡の上空に現れた。メトロポリスで見た時空転移装置の光と同じである。
本来王位継承の儀を行う際は球体そのものには触れず、光の球体が上空に出ている状態で祭壇のロケットを受け取るところまでである。ロケットを手にすることで「王位継承の光を浴びた」と判断される。
しかし今回はロケットを祭壇に置いたまま、異世界への『門』が広がるのを待つ。やがて球体は膨張し、遺跡全体を包むほどの大きさとなった。
外へと避難するアリアたちに入れ替わるようにハリーとトントが遺跡の中へと入った。光の強さで目が眩みそうになるが、ハリーは遺跡の外で見守るアリアたちに手を振った。
「ハリー!!ありがとう!!貴方のことは本当に感謝しています!」
「アリア…此方も色々と世話になった。あんたと出会えて本当に良かったと思っているよ」
「ハリー…」
光の中へと吸い込まれるハリーを見てアリアの目から涙が溢れ落ちた。その様子をスイッチとアメリアが固唾を飲んで見守る。
「じゃ、そろそろ行くよ。この光の先がメトロポリスであることを祈って…」
「待って!!ハリー!!私は貴方のことが…!」
アリアが光の球体に包まれる遺跡に向けて思いを伝えようと走り出そうとしたが、司祭とスイッチが慌てて引き留める。ハリーは光の向こうでホワイトアウトしていくアリアに静かに敬礼した。
「俺も…アリア…あんたのことを愛している」
ハリーがハッキリとアリアに向けて呟くと同時にハリーたちを包んでいた光の球体が破裂した。破裂の衝撃でアリアたちは吹き飛ばされたが、幸い全員に怪我はなかった。
全員が恐る恐る遺跡の中を見ると、ハリーとトントは跡形もなく消えていた。その様子を見たアリアはその場で泣き崩れ、ひたすらハリーの名を呼び続けていた。




