第86話 われ思う故にわれ有り
さて此処でハリーたちが置かれている状況を整理する。
アリアが治めていたグランシステリア王国は数年前に起きたクーデターによって混乱を極めていた。アリアが女王の座を追われて素粒子と遺跡の力でメトロポリスへ渡ったあと、宰相であったヘイトフルが暫定的な指導者となった。
しかしクーデターを起こした裏切り者にして首謀者こそがヘイトフルであり、アリアから王の座を簒奪した後は恐怖政治を敷き、正にやりたい放題の有り様だった。
民衆から不満の声が上がるのも早く、すぐにあちらこちらで抵抗運動が始まった。そんな民衆にヘイトフルは弾圧を掛け、平和だったグランシステリア王国はさながらディストピアへと変貌していった。
民衆の希望は女王であったアリアの帰還だった。抵抗勢力はアリアを祭り上げ、彼女こそが本来のグランシステリア王国を治める指導者であると叫ぶようになった。ヘイトフルらはそんな抵抗勢力とアリアの存在を苦々しく思っており、何としてもアリアを捕らえ処刑しようとしているのだという。
アリア不在の間は侍女だったアメリアが影武者となり、スイッチ含む親衛隊が支える形で抵抗勢力となる民衆を先導していた。この混乱期にアリアが帰ってきたことは彼等にとって吉報であり、更に抵抗勢力の勢いが増すきっかけとなった。
その中で焦りを感じたヘイトフルはアメリアらが潜伏していた拠点を急襲し、彼女らを捕らえた。先方は影武者であることを承知しているにも関わらず、アリアを逮捕して公開処刑すると大々的に喧伝しているのだが…
「…要はあんたの彼女を人質にしてアリア本人を誘き寄せるって算段か」
「…さすがにヘイトフルもバカではない。アリア様とアメリアの関係についても承知しているはずだ。あくまでアメリアの公開処刑は建前、真の目的はアリア様を引きずり出して、その場で皆殺しにする気なんだろう」
「でもそれじゃ、向こうの思う壺だろ」
「…分かってる」
ライフルを手入れしながらスイッチがハリーと話し込む。その表情には焦りと不安、そして怒りが見える。ハリーはフゥーと深呼吸して渡されたライフルを眺めた。
成り行きとはいえ、巻き込まれたものは仕方ない。だが、考えてみればメトロポリスに帰れたとしても無事で済むかは分からない。この先どうなるかは神のみぞ知るだが、考えて解決できない以上は運命に身を任せるしかない。それに…
「例の遺跡のことなんだが…あれは、そのフルヘイトとかいう奴の手に落ちているんだろ?そもそもあの遺跡に行かなきゃ俺たちは帰れない訳だから嫌でも協力しないとな」
「その言葉、信じていいんだな…?」
「悪いが、俺は全くの善人ではない。賄賂は受け取るし、マフィアとは付き合いがあるし、自分の身を守る為ならプライドだって捨てる。損得勘定で動く主義だ」
「…呆れた奴だ。本当にアリア様を助けたのか、それすらも怪しい」
「呆れてもらって結構。だがな、俺にもそれなりに筋ってもんがあってね。筋を通す為なら命を捨てることだって厭わない」
「全く矛盾した奴だ。恥知らずもいいとこだな」
スイッチが軽蔑の目でハリーを見る。ハリーは自嘲しながらライフルに弾を込めた。
「そうさ…俺は矛盾している。だからこそ今の今まで生きてきた気がする。でも今はそんなこといってられない。俺には片付けなきゃならないことが山ほどあるんでね」
「逃げるなら今の内だぞ?」
「逃げてもいいが、此処で逃げても当てなんてないんでね。それに俺は今の今まであらゆることに巻き込まれ続けてきた。今更こういう事態になったからといって嘆きはしないさ」
ハリーはこれまでのことを思い返していた。ドンの依頼に始まり、アリアとの出会い、ヘンリーとの親子関係の暴露、マフィア間の戦争、時空転移装置の暴走による異世界転移、そしてグランシステリア王国での抵抗活動。全て自分の意思で起きた訳ではない。ずっとハリーとトントは巻き込まれてきた。
ハリーは天を仰ぐと再び深呼吸した。スイッチはやれやれと言いたげな顔をするとライフルを抱えて立ち上がった。
気が付くと他の親衛隊たちも準備が完了しているようだった。深紅のローブに身を包んだアリアが姿を見せるとスイッチ含む親衛隊たちがアリアを囲む。
「皆の者、準備はよろしいですか?これより作戦を決行します」
アリアの言葉と共に親衛隊たちから「オオー!!」という掛け声が上がった。ハリーもライフルを抱えて立ち上がるとトントが足元にやってきた。
(ハリー…大丈夫か?)
「どうなるか分からんが、何とかなる!…そう思いたい」
(大丈夫じゃなさそうだな…)
トントが呆れたように溜め息を付いた。




