第69話 脱出
執政院の外ではエリックとガーランドが陣頭指揮を執る形でマフィアの連合軍が集結していた。自動小銃や火炎瓶、刃物などの武器は勿論のこと、防弾ベストや催涙対策用マスクの防御用装備、果てには何処から持ってきたのか装甲車やロケット弾といった重火器なども念入りに用意されていた。
エリックは腰に自動小銃、手にはドンの形見である仕込み杖。ガーランドは手に自動小銃と火炎放射器らしき装備を背負っている。後方には蔡一門が紫蘭を中心に控え、執政院側の増援となる機動隊の迎撃を担っている。
先のロケット砲で正門は破壊され、次々と執政院の敷地内にマフィアの連合軍が進軍を始めた。
ヘンリーは他の評議員を急ぎ集めた上で一時凌ぎとして影たちを正面玄関口へと派遣した。更に執政院直属の警備隊にも召集を掛ける。
メトロポリス執政院は一気に戦場と化した。物々しい雰囲気の中、ハリーとアリアを囲んでいた影たちも一人、また一人と正面玄関口へと向かう。
「大変な事態になったのね…」
「とんでもなくヤバイ状況だ。俺たちに出来ることは一つ」
「何?」
「巻き込まれないように今すぐ此処から逃げること」
「どうやって!?」
「…それを今、考えてる」
ハリーの弱々しい言葉にアリアが溜め息を付く。影たちも外の様子の方が気になるのか、チラチラと視線を反らして落ち着かないようだ。
「騙すカス執政議長!」
ハリーがヘンリーを呼ぶ。連合軍の迎撃対応に追われていたヘンリーが面倒臭そうに振り返った。
「まだ死んでなかったのか?それに私はダマスカスだ。只でさえ忙しい状況なのに君らの相手をしてる暇はないんだ」
「じゃあ、俺たちを逃がしてくれるか?もう今後一切あんたと関わらないからよ」
「お前は何をいってるんだ?」
ヘンリーはハリーの嘆願に呆れたように返答した。アリアもハリーを驚いたように見ている。
「命乞いってやつだよ。どうせマフィアの連合軍と正面切って戦うんだろ?なら俺たちは無関係だ。別に放っといても問題ないはずだ」
「はー…馬鹿馬鹿しい。我が子ながら呆れて物がいえん」
「面の皮が厚いのは多分あんた譲りだろうよ、騙すカス執政議長」
「…ではすぐに楽してやる」
ヘンリーが影たちに合図を改めて送ろうとしたとき、正面玄関口の脇の壁が爆発して巨大な穴が開いた。マフィアの連合軍が本格的に攻撃を開始したようである。
爆発の衝撃でハリー、アリア、影たちが吹き飛ばされる。ヘンリーら評議員たちはすぐ警備隊に保護され、安全な奥の部屋へと避難した。
ハリーの持った移動鞄も吹き飛んだ衝撃で壊れ、トントが外へと投げ出された。トントはかろうじて受け身を取ると、粉塵が舞う玄関口でハリーとアリアを探しに向かう。
(ハリー!アリア!)
トントは必死に声を上げて二人に呼び掛ける。途中人影を見つけ近寄ったが、吹き飛んだ影だった。影は瓦礫の下敷きになって事切れていた。トントの頭の中に最悪の事態が過る。
(まさか…さっきの爆発で…?)
トントが愕然として立ち止まろうとしたとき、ヒョイと体を持ち上げられた。トントにとっては馴染みのある抱き心地だ。
(ハリー!?)
「すまない、心配掛けたトント」
トントを抱き上げたのはハリーだった。服や顔は煤だらけだが、目立った怪我はなさそうだった。
(よく生きてたな…本当に良かったよ…)
「運が良かったよ。少しでも玄関口に近かったらソイツみたいに巻き込まれてた」
(良かった…)
トントはハリーに甘えるようにスリスリした。ハリーもトントをギュッと抱き締める。が、あることに二人は気づいた。
「アリアは?」
(そうだ!彼女は無事なのか?)
慌てて二人は辺りを見回すと、近くの瓦礫からか細い悲鳴が聞こえてきた。女性の声のようだ。二人はすぐに瓦礫の近くに行き、瓦礫を一つずつ取り除く。すると瓦礫の隙間からアリアが見えてきた。
「アリア!」
「は、ハリー…トント?」
「大丈夫か!?」
「う、うん。幸い瓦礫の間の空洞に入ったから私は大丈夫。でも服を挟まれちゃって…」
よく見るとアリアのスカートが瓦礫に挟まっているのが分かった。トントは瓦礫の隙間を通ってアリアのスカートを爪で引っ掻いて破った。
「ありがとう…トント。これで出られるわ…」
アリアはヨロヨロしながら瓦礫から出ると倒れ掛けた。急いでハリーが抱き止める。
「良かった、怪我はなさそうだな…」
「お互いに運が良かったわね」
「ああ、でも一生分の運を使いきったかもな」
「そうでないといいわね」
アリアはクスクスと笑った。トントは辺りをキョロキョロ見回して影たちがいないかを見る。
(ハリー、今のうちだ。奴等、さっきの爆発で正面玄関口から避難していなくなっている)
「よし、すぐに脱出しよう。また攻撃が来るかもしれない」
「ええ…一時撤退ね。これじゃ仕方ないわ…」
ハリーとアリアは顔を見合わせて頷くと、正面玄関口とは逆方向の執政院のビルの奥の方へと向かった。
………………
一方ヘンリー・ダマスカスら執政院の評議員たちはマフィアと警備隊の衝突から免れるため、執政院の地下にあるシェルターへ避難した。
シェルターには当面生活できる分の食料や水、簡易ベッドやラジオ、そして武器庫が備わっている。シェルターの中心には円卓が鎮座しており、評議員たちは席について事態が収束するまで待つことにした。
「皆様、そろそろお時間です」
ヘンリーの言葉に反応した評議員たちが一斉にヘンリーに注目する。ヘンリーは待ってましたとばかりの笑みを浮かべ、自席の前に置かれている赤いボタンが付いた装置を評議員たちに見せた。
「此方がこの度完成した時空転移装置の電源ボタンとなります。此方を押せばビル最上階に設置した時空転移装置が稼動し、異世界への門が開かれるのです」
評議員たちはヘンリーの言葉にじっと耳をすませる。ヘンリーは期は熟したとばかりに赤いボタンを押した。すると建物全体が縦に大きく揺れた。
突然のことに評議員たちは慌てて円卓の下に身を隠して揺れをやり過ごす。一方でヘンリーは微動だにせず、装置の発動の時を待った。
「時は来た…まずは執政院の敷地内に踏み込んだ下衆なマフィア共を装置の生け贄にするとしよう。それが済んだらいよいよ『浄化』を開始する!」
ヘンリーは悪魔のような笑みを見せて、高笑いをする。他の評議員たちは狂喜するヘンリーの姿に恐怖を覚えつつ、ただ時が過ぎるのを待つ他なかった。




