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第66話 ヘンリーの不都合な過去

 マリアを殺したのは目の前にいる執政議長だと!?


 ハリーは反射的に執政議長に手を出し掛けるが、様子を察したアリアが慌てて背中を擦って宥めた。ハリーからはヘンリーに対する怒りと憎しみが溢れ出て、止められないのが見てとれる。



「落ち着いてハリー。今此処で自分を見失ってはダメ!」


「う、うううう…!」



 ハリーは何とか怒りを押さえつけようと拳を握り締めて耐える。すると床に置かれている猫用の移動鞄に入ったトントからも声が聞こえた。



(ハリー、アリアのいう通りだ。私自身も何とか怒りを堪えているが、此処で手を出したら奴の思うつぼだ。まずは落ち着いて事実を聞き出すんだ)


「ぐっ…ううう…。……マ、マリアを殺したのは本当に貴方なのか?執政議長」



 ハリーは声を振り絞り、ヘンリーを見据えた。その眼光からはヘンリーへの殺気が出ている。ヘンリーは顎に手を当て、思い出すような素振りで話し始めた。



「マリアが自然科学研究所を去った後、私は念願だった執政院の評議員となった。それと同時に研究を進めていた時空転移装置も本格的に建造し始めた。それから私が執政院の議長となった頃、彼女が私に突然接触を求めてきた」


「マリアが、貴方に?」


「私も驚いたよ。最初は無視していたが、あることを告げられてね。私自らがお忍びで彼女の元に赴くことにした」



 ハリーの中でクエスチョンマークが浮かぶ。マリアの方からヘンリーに接触しただと?

 ハリーの疑問を余所にヘンリーは話を続ける。



「私がマリアと会って告げられたのは私の過去に関する事柄だった。彼女はとある偶然から私の過去を知り、そこからある事実に辿り着いたのだという。この事実を公にされたくなければ、今すぐ時空転移装置を建造を止めて破壊しろとね。ひいて言うならば彼女から脅し返されたというべきかな」


「マリアから脅された…?」



 ハリーにとっては信じがたい事実であり、動揺の色が隠せない。アリアもハリーを心配そうに眺める。



「私の過去…まあ、触れられたくない事実というやつか。これが公表されたら私の地位が揺らぐくらいのスキャンダルだな」


「マリアがそれを知って脅しを掛けたから…彼女を殺したということか…?」


「私に素粒子の成果を奪われた仕返しらしかったがね。全く馬鹿馬鹿しい行為だよ。この手で始末せねば己の行為の愚かさが分からないとは…」


「馬鹿馬鹿しい…だと!?」



 ハリーは声を荒げてヘンリーを睨み付ける。血が滲み出そうなくらいハリーの握り拳は真っ赤になっていた。



「ふざけるな!そんな話信じられるか!!マリアが、マリアがそんなこと…」


「では何故君はこの紙切れを持っていた?」


「それはマリアが俺が撮った写真と一緒に写真立ての中に隠していて…」


「その紙切れを捨てずにおいたとは、ずっとあの件を根に持っていたようだな。まさか己の婚約者を利用するとはあのマリアという女は中々の食わせ者だったようだ」


「待て…己の婚約者を利用する…?」



 ヘンリーの言葉にハリーは一瞬思考が止まる。マリアの婚約者…って俺のことだよな?俺を利用するとはどういう意味だ?

 ハリーが戸惑っているとヘンリーがゆっくりハリーの前に立った。



「これから話すことは私の過去にまつわることだ。ハリー君、アリア女王陛下。諸君にだけ事実を話すとしよう。少し長くなるがね」



 ハリーとアリアはゴクリと生唾を飲み込む。ヘンリーはコホンと咳払いすると己の過去を話し出した。


 ヘンリーが自然科学研究所の研究員としてメトロポリスにやって来たのは今から40年近く前のことだった。当時ヘンリーは新進気鋭の研究員として物質転移を研究していたのだが、まだまだ学会内では無名の存在だった。そこへヘンリーを援助したいというパトロンが現れた。それがメトロポリスの名家だったダマスカス家の当主だった。



「ダマスカス家…?」


「ダマスカス家はメトロポリスの中でも古参の名家であったが、跡継ぎが病弱な娘しかおらず、当主も頭を痛めていた。其処で当主は私にパトロンを引き受ける条件として婿養子に入ることを提示してきた」


「それで貴方がダマスカス家に入ったってこと?」


「その通りです、アリア女王陛下」



 こうしてダマスカス家の跡継ぎの女性と結婚したヘンリーはダマスカス家に婿養子に入った。程無くしてヘンリーと妻との間に男児が誕生したが、妻は出産時に亡くなり、後を追うように当主もこの世を去った。残った男児も誕生から数年後に流行り病で亡くなったのだという。



「そして私だけがダマスカスの生き残りとなった。私はダマスカス家の莫大な資産を手にし、一介の研究員から社交界に名を知られるまでになった。お陰で私の進めていた研究にも潤沢な予算を充てられるまでになったのだ」


「…だが、それとマリアが貴方を脅そうとしていた件と何の関係がある?」


「肝心なのは此処からだ、ハリー君。先程ダマスカス家の生き残りは私だけといったが、あれは表向きにすぎん。実は私の子どもはまだ生きている」


「な、何…!?」



 ハリーの表情が歪んだ。アリアもヘンリーの告白に身動きの取れないくらい衝撃を受けている。



「マリアはそのことを知っていた。そして私の子どもが私のかつての名と同じ名前を持つこともね」


「貴方と同じ名前……」


「ダマスカス家に入る前の名だ。既に捨てている名前だが、まさか此処で結び付くとはな…」



 ハリーは全身から冷や汗と震えが止まらなくなった。此処からの話は何となく想像が付く。が、認められない。というか認めたくない。



「私のかつての名前…ヘンリー・ライナス」


「…!?ラ、ライナス…って…?」



 アリアが驚愕してハリーの顔を覗き込んだ。ハリーもまた受け入れがたい事実に完全に固まっていた。

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