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第61話 キャット・ファイト

 モップを握ったまま動けないアリアに対してマダムが鞭を振るう。鞭はアリアのスカートの端を掠め、太ももがはだけた。

 アリアは思わず悲鳴を上げたが、服が破れたのみだった。悲鳴を聞いたマダムがうっとりとした表情を浮かべて鞭をしならす。



「いいねえ…その恐怖と恥じらいが混ざった顔。私が鞭を振るうのはその顔を拝むためさ!」



 間髪入れずに今度はアリアの肩目掛けて鞭が飛んできた。アリアはモップで防御しようとしたが、それよりも早く鞭はアリアの右肩を掠めた。

 鞭共にアリアの服がはだけ、ブラジャーの紐が露になっている。アリアは恥ずかしさの余り、その場に膝を付いて胸元を隠した。



「くっ…」


「おやおや?まだお楽しみはこれからだよ。タップリ可愛がってやるさ!」



 マダムがアリアの下半身に向けて、更に鞭を振りかぶろうとしたとき、屋上の出入口が突然開け放たれた。マダム他、取り巻きの男たちの視線が出入口に向く。



「誰だ!」



 マダムが叫ぶとタキシードの男たちが一斉に出入口の方に向かう。と、出入口から複数の黒装束に身を包んだ男たちが現れてタキシードの男たちに攻撃を加え始めた。

 不意打ちを受けた男たちは一気に総崩れとなるが、黒装束の男たちは構わず痛め付ける。屋上はさながら戦場と化した。マダムは驚いてアリアから狙いを反らす。



「な、何だい!?お前たちは!」


「私の親衛隊だよ、マダム・プレッティーノ」



 マダムの問いかけに出入口の向こうから杖をついた劉が現れた。まだ傷が回復しきれていない為、屋上に上がるも息を切らしていた。



「劉宗玄…何の真似だ?」


「それは此方のセリフだよ、マダム。か弱い女性一人を狙うのにわざわざ此処まで大事にすることもあるまい」


「ふん、あんたには関係のないことさ。これは私とこの小娘の問題だ。邪魔するなら容赦しないよ!」



 マダムが劉に向けて鞭を振るった。劉は杖を武器に鞭を絡ませてマダムと綱引き状態になる。が、傷が開いたのか胸から血を滲ませると杖から手が離れた。劉は膝を付くと傷を押さえてマダムを睨んだ。



「ぐっ…!さすがに手負いでは無理か…」


「だからいったんだ。怪我人は大人しくしてな!」


「マダム…一つ聞きたい…何故ケヴィンの元に行かずに此方へ来た?」


「簡単さ。ドン・モルトシオネの意を汲んだのさ」


「ドンの…?」


「あの男は死ぬ前にどうしても自分の手でケヴィンを仕留めるつもりだったらしい。それなら此方が手を煩わす必要もないからね」



 マダムは劉に向けて嘲笑するように答えた。劉は少し考えると質問を変えた。



「ではそのお嬢さんを狙うのは何故だ?」


「この小娘は利用価値がある。ケヴィンの交渉材料だけではない。もっと大きな価値がね」


「利用価値だと?」


「執政院が進めようとしている計画…その秘密を解き明かす鍵を小娘は持っているのさ!」



 マダムの発言にアリアが戦慄した。この女は何処まで知っているというのか…。

 マダムと劉が話している隙を見計らい、アリアは逃げようとする。が、



「逃がさないよ!」



 マダムが鞭を再び振るう。慌てて劉が間に割ったが、マダムの鞭を背に思い切り受けた。



「あっ!!」



 劉が倒れるのを見てアリアの足が止まる。その隙を見逃さず、マダムの鞭がアリアの足に絡んだ。



「キャア!!」



 鞭を引っ張られたことでアリアが倒れる。マダムは悪魔のような笑みを浮かべて鞭を引っ張り、アリアを手繰り寄せた。



「さあ、おいで」



 マダムの手がアリアに掛かろうとしたとき、マダムの髪に黒い塊が飛び込んできた。マダムは慌てて黒い塊を髪の中から取り出そうとして鞭から手を離してしまった。



「くっ…何だい!?コイツは!」



 マダムが黒い塊を捕まえるとそれは猫のトントだった。



「猫?!よくも私の髪をめちゃくちゃにしたね!」



 マダムが怒りの余りトントを床に叩き付けようとする。が、その隙にモップを拾い上げたアリアによって顔面をぶたれた。



「がっ!」



 怯んだマダムがトントを離したのを見て、アリアは素早くトントを受け止める。



「大丈夫?トント」


(ありがとよ、女王様。しかしあのオバサン、厚化粧と香水の匂いで臭いったらありゃしないな)



 トントが人知れず悪態をつくと、髪を振り乱したマダムがアリアたちに振り返った。モップを顔面に受けたことで化粧が取れてシワだらけの地肌が露になっている。マダムは屈辱と憤怒に満ちた形相を見せると鞭を手に、ゆっくりと近づいてきた。



「こ、この(あま)…!よくも私の顔に汚らわしいものをぶつけてくれたね!生かしてやろうかと思ったけど、もう許さないよ!そこのドラネコと一緒に地獄に送ってくれる!!」



 マダムが鞭を思い切り振るい、アリアの腹部を打ち据える。腹部から出血したアリアは苦悶の表情を浮かべて屋上のフェンスまで吹き飛ばされた。



「ああん!?こんなもんじゃ私の怒りは収まらないよ!」



 マダムがアリアの背後にあるフェンスの留め金目掛けて鞭を振った。フェンスの留め金が鞭の衝撃で吹き飛んだことで、その一角のフェンスが外れて地面へと落ちていった。

 アリアは後ろに引こうとするが、フェンスがない以上落下してしまう。



「さあ、どうするよ?」



 マダムが鞭を構えるとアリアの足元に振った。ピシッ!という音にアリアは怯み、バランスを崩しそうになる。



「さあ、飛びな!」



 マダムが鞭を振ると共にアリアはモップを構えてマダムの鞭を絡ませた。先程の劉と同じ要領である。再び綱引きのような状態になった。アリアはフェンスが落ちた場所から移動しつつ、マダムがアリアの居た場所に向かうように誘導する。



「こ、コイツ…まだやるか!?」


「散々人を小娘だの何だの、好き勝手いってくれたわね。さすがに頭に来るわよ」


「生意気な!どの口がいう!」



 マダムが怒りで冷静さを欠いたのを見逃さず、アリアはモップを力一杯引いた直後、モップを手放した。突然のことにマダムがバランスを崩してよろけそうになる。



「今だ!」



 アリアは一気にマダムに向かって走るとマダムの腹部に体当たりを決めた。マダムは完全に油断していたのか、真面に体当たりを受けてしまい体ごと吹き飛ばされる。そして吹き飛ばされた先は…先程、マダムによってフェンスが破壊された場所だった。



「ギャ、ギャアアアア!!!」



 凄まじい断末魔の叫びと共にマダム・プレッティーノは地面に吸い込まれるように墜ちていった。

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