第60話 「女王」対「女帝」
アリアとトントは病院の屋上に着くと、大量に干されたシーツやタオルの中に身を隠した。幸いアリアたち以外に屋上に人影はない。
本来であれば階下に降りて逃げる予定だったが、既にプレッティーノ・ファミリーが出入口を塞いでいた為、やむ無く屋上へ逃げた次第だ。
アリアは先程武器にしたモップを手に屋上の出入口をじっと見つめた。トントも下からドアの動きを覗く。
「ゴクリ…」
アリアが生唾を飲み込む。と同時に屋上の出入口のドアがゆっくりと開いた。ドアから病院には不釣り合いなド派手な服装の熟女が屋上に足を踏み入れる。熟女の背後から取り巻きらしき男の足が複数続くのが見えた。
(マダム・プレッティーノ…!)
トントがマダムの足取りを慎重に追う。シーツとタオルで視界が遮られているのでマダムはまだアリアたちに気づいていないようである。
アリアがマダムに気づかれないように屋上の出入口に近づこうとしたとき、突然マダムが声を張り上げた。
「アリア・ボン・グランシステリア!いるのは分かっているのよ!」
「!!」
不意に名前を呼ばれたアリアの動きが止まる。なぜあの女が私の名前を知っているのか?アリアは思わず聞き返しそうになった。
アリアの動揺を他所にマダムは尚も挑発するように続ける。
「随分と私の子分たちを可愛がってくれたわね。可愛い成りして中々生意気じゃないか。ま、私の下に付いて店でタダ働きしてくれるなら今までの分をチャラにしてやってもいいけど?」
「………」
「ふん、黙りかい。お前たち!あの女を捕まえな!」
マダムは取り巻きのタキシードの男たちに命じてアリアの捜索を始めた。アリアはシーツに身を隠しているもののタキシードの男たちは確実にアリアの元に近づいてくる。
アリアが息を潜めていると、トントが離れた場所からわざとシーツを揺らして動き回っているのが見えた。
トントの揺らしたシーツの動きに惑わされるようにタキシードの男たちが右往左往する。
「ったく何やってんだい!?いい男共が揃いも揃って小娘一人も捕まえられないのかい!」
マダムがイライラして男たちを叱りつけた。アリアはマダムが視線を反らした隙に屋上の出入口に回り込もうとする。が、それにマダムが気づいてアリアを呼び止めた。
「!?…待ちな!あんただね、アリアは」
ドスの効いたマダムの声にアリアが固まって振り返る。アリアの手にはモップが握られているが、恐怖と緊張の余り構えることができない。
「ほう…思いの外キレイじゃないか。部下の情報も少しは当てになるようだね」
アリアにマダムが少しずつ近寄る。タキシードの男たちもアリアを囲むように集まってきた。
(ヤバイ!万事休すか!?)
トントが遠目からアリアの様子を眺めた。だが、どうすればアリアを助け出せるか動けずにいる。
アリアはマダムをじっと見て向こうのペースに飲まれないようにする。
「…貴女、誰?」
「?私を知らないのかい?」
「知らないわ」
「はー…仕方ないわね。自己紹介くらいしてやるよ。私はミカエラ・プレッティーノ。このメトロポリスの五大ファミリーの一つ、プレッティーノ・ファミリーのボスだよ。これくらいは知っておくことだね!」
「プレッティーノ…!?」
アリアの脳裏にハリーの話が思い浮かんだ。確かハリーに助けられてバーで話していたとき、プレッティーノ・ファミリーの者に襲われたとか…そんな話をしていた。
今、目の前にいるのはその男たちを束ねていたボスだ。まさかあの夜の復讐なのか。
「ケヴィン・モルトシオネと繋がっているみたいだね?」
「ジョーカー…いえケヴィンは私ともう関係ないわ。私は彼から逃げてきたんだもの」
「ほう…じゃ、尚更いい。あんたを交渉材料にケヴィンを呼び出そうじゃないか」
「え…!?」
アリアは膝を震わせて立ちすくむ。するとマダムが腰から長い紐状のものを取り出し、アリアの足元に向けて振った。
パシィ!
紐状のものは屋上の床に打ち付けられ、何かが壊れるような破裂音を響かせた。
「む、鞭?」
アリアがマダムの得物をじっと見る。マダムは紐状のもの、もとい鞭を構えるとニヤリと笑った。
「そのキレイな肌を傷つけたくなければ大人しくしな!それとも此処でバラバラになるかい?!」
マダムがアリアに向けて脅すように叫んだ。




