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第58話 思惑

 血まみれの手の主ことケヴィン・モルトシオネは満身創痍の状態でリバーサイドパークの対岸に泳ぎ着いた。『処置』のお陰で痛みこそ感じないものの、受けたダメージは深い。傷を回復させるには少々時間が掛かりそうである。


 ケヴィンが這い出ると対岸で控えていた影たちとスティーブンが迎える。皆一様にケヴィンの姿に驚愕すると共に心配そうな表情を浮かべている。



「全く無茶苦茶だぜ。どうして一人で行ったんだ?」



 スティーブンが呆れたようにケヴィンを見下ろす。ケヴィンは上体を起こすとスティーブンに向けて笑みを見せた。



「『処置』の成果を見るためだ。念のため此処に待機させてただろ?お陰様で死なずに済んだし、思っていた以上効果はに上々だ」


「本当に大丈夫なのかよ?」


「お前が作っておいて何をいう。とにかく最高の気分だ。あとは回復面がどのくらい掛かるかだな」


「…下手したら死んでたのかもしれんのだぞ。どうして此処まで『処置』に拘る?お前さんの最終目標は何だ?」



 スティーブンはしゃがむとケヴィンに疑問をぶつける。ケヴィンは深呼吸してスティーブンらを見据えた。



「死さえも超越した『超人』。ソイツを作り出すことだ。そして『超人』たちを集めた私設軍隊を作る」


「私設軍隊?…戦争でも起こす気か?!」


「…メトロポリスを手中に納めたらな。俺は先の大戦で嫌と言うほど死を見せつけられた。愚かな指導者の元で兵士たちはゴミのような扱いを受けて理不尽に死んでいく。そして一番被害を受けるのは民衆だ。メトロポリスだけじゃない、そんな下らん世界を『浄化』する」


「マジかよ…誇大妄想が過ぎるぜ。果てに待つのは世界征服か?」


「世界征服?さあな」



 ケヴィンは血まみれでケラケラと笑う。スティーブンはケヴィンが真顔で話す内容とその様子にドン引きしていた。そのとき、スティーブンの背後に黒塗りの車輌が複数台現れた。

 影たちは車輌の方を見て迎撃体制を取る。スティーブンも立ち上がると車輌を睨んで懐のピストルに手を掛けた。


 車輌のドアが開くとスキンヘッドにモノクルを着けた壮年の男性が降りてきた。男性は黒いローブに胸元には黄金色に輝く紋章をあしらったブローチを着けている。

 男性に続いてスーツ姿の男たちがケヴィンらを取り囲むように降りてきた。男たちも男性と同じようなブローチを着けている。



「執政院の紋章…!『キング』…!?」



 スキンヘッドの男性を見たケヴィンの顔が強ばる。男性の正体に気づいた影たちが武装を解くと慌てて跪いた。スティーブンもピストルから手を離すと帽子を脱いで恭しく頭を下げた。



「御機嫌麗しゅう、執政議長殿」


「そちらも変わりなさそうだな、スティーブン・アンブロア」



 スキンヘッドの男性こと執政議長はスティーブンに近づくと笑みを見せて肩を叩く。執政議長…つまりメトロポリス執政院の最高権力者、ヘンリー・ダマスカスその人だった。

 ヘンリーは続いてケヴィンの方を向いた。その表情は驚きというよりも何処か憐れみのようにも見える。



「『ジョーカー』…随分とみすぼらしいな。まだ生きているのが不思議なくらいだ」


「なぜ貴方が此処に?!」



 ケヴィンは焦ったようにヘンリーへ問いかける。するとスティーブンがニヤニヤしながらヘンリーの横に立ってケヴィンを見下ろした。



「悪いな、ケヴィン。長いものには巻かれる主義なんだ」


「スティーブン!!貴様、裏切ったな?!」



 ケヴィンは激昂して立ち上がるとヘンリーとスティーブンを睨み付けた。しかし、ヘンリーとスティーブンの後ろにケヴィンの部下のはずの影たちも付く。どうやら既に根回しは完了しているようだ。旗色はケヴィンの方が悪い。



「裏切る?どの口がいう、『ジョーカー』。私がお前の暴走を知らないとでも思っていたのかね?スティーブンは最初から懐柔済みだ。つまりお前の計画は筒抜けだったということだよ」



 ヘンリーが淡々とケヴィンを問い詰める。ケヴィンはぐぬぬと下唇を噛んで悔しさを露にする。


「さて『ジョーカー』いやケヴィン・モルトシオネ。お前に残された道は二つだ。此処で死ぬか、それともお前の受けた『処置』の成果を我々に提供するか、だ」



 ヘンリーが右手を挙げると影たちが武装してケヴィンを囲んだ。いくらケヴィンが『超人』化したとしても多勢に無勢である。ケヴィンはやむ無く「わかった」と執政院に協力することを誓った。



「いいだろう…で俺はどうすればいい?」


「傷の治療と一緒にあんたの血を提供してくれ。あんたはあの新薬と適合性が強いからな。改良したものを大量に作れる」



 スティーブンが笑って影たちにケヴィンを連れていくように命じる。だが、その前にヘンリーがケヴィンの前に行くと視線を合わせるようにしゃがんだ。



「ケヴィン…お前の父親、ドン・モルトシオネに会えたのか?」


「ああ…だが親父は死んだ」


「そうか…ところでお前がリバーサイドパークにわざわざ出向いたのはグランシステリア王国の存在を知る者を受け取る為だったな?」


「まあな…ま、肝心のアリアにも逃げられた以上、あんな雑魚の命を取ることなど今更どうでも良くなってきた」


「仕留めなかったのか!?」



 ヘンリーの表情が歪む。対してケヴィンはせせら笑いを浮かべた。



「親父とエリックとスカルスノフの邪魔が入ったのでね。残念ながら仕留め損ねた」


「くっ、勝手に暴走しおって…マフィア共め。早く『浄化』を進めねば…で、そのお前が仕留め損ねた者は何者だ?」


「ハリー・ライナスというしがない私立探偵だ。既に指名手配済みだから心配ない。」



 詰め寄るヘンリーにケヴィンが開き直った態度で答える。だが、ヘンリーの様子は意外なものだった。



「ハリー・ライナス?本当か?」


「ああ…どうした?」


「いや…まさかな…」



 ハリーの名を聞いたヘンリーは少し考え込む。そして回りの男たちに耳打ちした。



「ハリー・ライナスとアリア女王陛下を探し出し生かして私の元に連れてこい。必ずだ!」



 ヘンリーの対応をケヴィンとスティーブンは怪訝な表情で見つめる。しばらくしてヘンリーはケヴィンに向き直ると無言で右手を挙げて影たちに合図を送った。影たちはケヴィンの両脇を抱えるとヘンリーらが乗ってきた車輌に収容した。スティーブンもケヴィンらに続く。



「ハリー・ライナス…久しぶりに聞く名だ」



 ヘンリーは一人呟くとゆっくり車輌へ乗り込んだ。

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