第57話 ネバー・ダイ
ケヴィンが立ち上がったのを見てエリックの回りを囲っていた男たちが動揺しつつも一斉に重火器をケヴィンに向ける。
ケヴィンはドンに刺された腹部の出血を押さえつつも、まるで痛みがないかのように平然とした態度を見せた。その目は不気味に光輝き、先日のチャイナタウンで暴走した影を彷彿させている。
「ケヴィン…もしやアンブロアの『処置』を貴方も受けたのではないでしょうね?」
ガーランドが前に出てケヴィンに問う。ケヴィンは自分の血を舐めてニヤリと笑った。余りにも異様な光景にハリーも紫蘭も銃口を向けている男たちも固まる。
「流石だな、ガーランド・スカルスノフ。身分の低い出身とはいえ、随分優れた観察眼だ。スティーブンの奴、中々の傑作を作ってくれたようだ」
「…実に不愉快ですね。ケヴィン、貴方は昔はそんな人ではなかったはずです。大戦に出征してからまるで別人になってしまったようですね」
「その通りだ。俺は一度死んだ。そしてまた此処に蘇ったのだ。『超人』として!」
ケヴィンがガーランドに向けて凄む。が、ガーランドも負けてはいない。ガーランドが無言で手を挙げると、銃口を構えた男たちが一斉に発砲を開始した。
凄まじい爆音とマズルフラッシュと硝煙の臭いが辺りに充満する。ケヴィンは銃弾を受けて蜂の巣状態になり、噴水広場の真ん中にある大噴水の中に落ちた。大噴水の水面がケヴィンの血で赤く染まる。
「…今度こそあの世でドンに詫びなさい、ケヴィン」
ガーランドは吐き捨てるように呟くと、ドンの遺体を抱えたエリックに近寄った。エリックは義兄弟のケヴィンの変わり果てた姿に動揺の色を隠せず、ドンの死もあってまだ現実が受け入れられていない状態である。
「大丈夫ですか?」
「え…、あ、ああ…すまない。私としたことが呆然としていたようだ」
「アンブロアめ…ケヴィンと組んでとんでもないものを作っていたようですね」
ガーランドが静かに怒りを見せた。エリックは漸く我に返ったのか、救急隊員を連れてきた部下にドンの遺体の収容を命じた。
ハリーと紫蘭もエリックの元に行き、ドンの遺体を見送る。
「ドン…」
「父上もドン・モルトシオネとは親交があった。できれば父上にも最期に立ち会って欲しかった」
「そう、だな…」
ハリーと紫蘭はやりきれない表情で遺体を運んでいく救急隊員の後ろ姿を見守る。その後ろではエリックとガーランドが深刻そうな表情で話し込んでいた。
「やはり…執政院は我々と戦争する準備を着々と進めているようですね」
「ふざけやがって…何がメトロポリスの『浄化』だ?これ以上奴等の好きにはさせん。やられる前に此方から執政院の奴等を潰す!」
「同感です。しかし、此処で気になるのはマダムです。執政院内のスパイを通じて、てっきりこの場に来ていると思ったのですが…」
「確かに奇妙だな。一体マダムは何処にいるんだ?」
エリックとガーランドはこれからのことを話すと共にこの場に不在のマダム・プレッティーノに触れた。マダムの話を聞いたハリーの顔が一瞬強ばる。
マダムはスパイを通じて今日のケヴィンとドンの対面を知っていた。もしマダムがケヴィンを暗殺するとしたら姿を現すこのタイミングを逃さないはずである。なのにマダムはこの場に居なかった。
ハリーはもう一つの可能性について考え始めた。…ケヴィンの命が狙いじゃないなら、マダムの目的は何だ?…まさか…
「アリア?」
ハリーはポツリと呟いた。ハリーの言葉に紫蘭が目をパチクリさせる。
「ハリー、アリアって父上の入院している病院にいた女だよな?」
「ああ、こないだ説明したかもしらんが、『亡国の女王』様だ」
「彼女が何かあるのか?」
「いや…何となくだが、マダムが此処にいないのは…アリアを狙って動いていたのかもしれないと思ってな…」
ハリーの話を聞いて紫蘭の顔が青ざめる。アリアのいる病院には手負いの劉が勿論いる。ケヴィンの件でマフィアたちがリバーサイドパークに集まっている今、病院は手薄の状態…
「ハリー、すぐに病院へ戻ろう!このままでは父上も危ない!」
紫蘭に手を引かれる形でハリーは蔡一門の車に乗せられる。そして大急ぎで「蜘蛛の糸」へと車を急発進させた。
一方エリックとガーランドはハリーと紫蘭の素早い動きに気づいていないのか、まだ今後のことを話していた。
「…とりあえずマダムの動向を探るのとアンブロアと執政院の繋がりを暴いて…」
「我々も準備が必要ですね。味方をなるべく多くして…」
二人が話す裏で大噴水から血まみれの手がゆっくりと出てくる。二人はその姿に気づくことなく、部下たちに執政院と渡り合う準備を命じていた。
血まみれの手の主は大噴水から這いずり出るとそのまま運河へと匍匐するように進み、運河の中へと飛び込んだ。エリックの部下が異変に気づいたものの運河で足取りが途絶えた為、それ以上追うことは出来なかった。




