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第55話 父と子

 ハリーの合言葉が聞こえたのか赤い傘の女が振り返る。そして手に持った傘を思い切り空中に向かって放り投げた。


 女が傘を投げたのと同時に噴水広場の回りの茂みからマシンガンやショットガンを装備した男たちが飛び出してくる。男たちは素早くケヴィンの回りを取り囲むと一斉に銃口をケヴィンに向けた。


 男たちの手際の良さに完全に不意を突かれたケヴィンが驚愕する。分が悪いと考えたのかケヴィンは手に持った拳銃をあっさりと地面に落とした。

 合言葉をいったハリーもこの光景には唖然としている。まさかドンがここまで仕込んでいるとは思ってもいなかった。



「…やるじゃないか、ハリー・ライナス。用意周到に罠を張っていたか」



 ケヴィンは回りから銃口を向けられているにも関わらず感心しながら冷静に今の状況を見ている。それとは対照的にハリーと紫蘭はこの状況を飲み込めずにいた。



「ハリーが仕組んだのではない。私が手配した者たちだ」



 少し掠れてはいるが、しっかりとした年配の男性の声が辺りに響く。するとケヴィンの前を囲んでいた男たちが一斉に下がって、声の主の姿を先に通した。



「お、親父…」



 声の主を見たケヴィンの表情が思わずひきつる。声の主はケヴィンの父親であり、ハリーの依頼人であるドン・モルトシオネ、その人だった。ドンは先程の赤い傘の女に支えられつつも杖をつきながらゆっくりとした足取りでケヴィンの元に行く。

 容態はハリーに会ったときよりも悪化しているのか益々体は痩せ細り、時折咳き込む様子を見せている。ケヴィンの前に立ったドンは女を後ろに下がらせると少し呼吸を整えながらドンはケヴィンの顔を見据えた。



「久しぶりだな、ケヴィン。様子を見る限り元気そうで何よりだ」


「親父…随分と痛々しい姿を晒しているな。呆れるくらい老いぼれたもんだ。そんな下らないことを言うためにわざわざ来たんじゃないだろ?」


「いいや、この為だ。お察しの通りもうすぐ私は逝く。せめて死ぬ前にお前に会っておきたくてな」


「…くだらんな。死に損ないが何を言う。跡目はエリックにしたんだろ?もうあんたにとって俺は用済みって訳だ。安心しろ、俺もモルトシオネをこれ以上名乗るつもりはない」



 ケヴィンは苦しそうに咳き込むドンを見て嘲笑する。ケヴィンのドンへの態度に対して回りの男たちの表情が強ばる。が、ドンは男たちを睨んで余計な真似をしないよう合図を送った。

 背後に控えるハリーと紫蘭もドンとケヴィンの対峙をじっと見守る。



「…一つだけ確認したい、ケヴィン。何故帰ってきてから私の元に顔を出さず、尚且つ執政院側に付いたのだ?」


「簡単なことだ」


「なんだと?」


「俺は先の大戦で嫌というほど理不尽な死を見てきた。それこそ地獄のような体験だったよ。このメトロポリスでのマフィア同士の抗争が可愛らしく感じるくらいにな」


「………」


「信じてもらえないだろうが、俺は偶然とある遺跡にて別世界に飛ばされた。そこで何年も過ごすことになった。そのとき改めて考えたよ。俺が思っていた以上に世界は広い。その広い世界に目を向けず、未だにメトロポリスのマフィア共は狭い世界の中で縄張り争いや見苦しい命の取り合いをしている。なあ親父、実に下らないと思わないか?」



 ケヴィンはドンに同意を求めるように訴える。ドンはケヴィンの言い分を黙って聞いていた。



「俺がメトロポリスに戻ってきて別世界に行っていたことを知り合いに話していたら執政院に連行された。そこで求められて別世界で体験したことを洗いざらい話したよ。そしたら誰も信じなかったその話を聞いた執政議長から自分の『夢』の手助けをしてほしいと頼まれた」


「『夢』だと?」


「これからはメトロポリスの素晴らしさを世界に向けて発信する時代だ。その為には今あるメトロポリスの闇や澱みを『浄化』しなければいけない。俺に課せられたのは『浄化』の手助けだ」



 ケヴィンの『浄化』という言葉を聞いたハリーの表情が険しくなる。ケヴィンを誘った執政議長とは間違いなくヘンリー・ダマスカスだろう。



「その為に我々を裏切ったのか?」


「もう親父、あんたやマフィアたちがのさばっていた時代は終わる。これからのメトロポリスにはマフィアやギャング共は必要ないんだよ。俺がこの手で全ての闇や澱みを『浄化』してやる!」



 ケヴィンがドンに掴みかかろうとする。回りの男たちがドンを守ろうと立ちはだかるが、ドンはケヴィンに敢えて近づくと持っていた杖の束を捻った。すると抜き身の刀身が束の中から姿を現す。



「ああっ!?」



 杖に気づいたケヴィンが声を上げたのも束の間、ドンの抜き身がケヴィンの腹部に刺さり深々と胴体を貫いた。ケヴィンの背中から突き出た刃から血が滴り落ちる。



「こ、コイツは…し、仕込み杖かよ…親父」


「これ以上粋がるなよ。子の不始末は親が尻拭いする。先に地獄で待っていてくれ、ケヴィン。心配するな、私も直に逝く」


「ち、ちくしょう…不覚…」



 ケヴィンはドンの顔に触れようとしたが、力を失いその場に臥した。ケヴィンが倒れるのと共にドンも膝から崩れ落ちた。

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