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第54話 約束の日、約束の場所で

 ついにドンとの約束の日がやって来た。ハリーはケヴィンに引き渡されるという名目のもと、紫蘭らに連れられる形で「蜘蛛の糸」を渡り、リバーサイドパークへと向かった。


 アリアとトントは万が一のことを考えて病院に残ることとなった。別の病室には劉がまだ入院している為、もしも病院に襲撃者が出た場合は劉の元へ向かうよう互いに合わせた。


 リバーサイドパークへと向かう道すがら、ハリーはアップタウンの高層ビル群に目を向けた。先程まで居た場所ではあったが、やはり遥か遠くに感じる。自分にはまだ手の届かない場所のようだ。



「さて…ハリー。心の準備はできたか?」



 紫蘭が最終確認するようにハリーに問いかけた。ハリーは無言で頷く。紫蘭は部下に命じてハリーに手錠を掛けた。あくまでもパフォーマンスであり、すぐに外れるよう細工済である。



「私と部下二人共に約束の場所へ行く。其処でケヴィンにお前を渡す。此処からは見えないが、スカルスノフもリバーサイドパークの周りで張っている。後、此方としてはエリックがドンを連れてくるだけだ」


「わかった…恩に着る紫蘭」



 ハリーが紫蘭に頭を下げたが、紫蘭は頬をポリポリ掻いて照れ臭そうにした。



「礼はいい。元々父上が考えたことだ。私は父上の代役に過ぎない」


「それで充分だ」



 リバーサイドパークに着くとハリーは紫蘭らと共に車を降りた。辺りを警戒しながらゆっくりと噴水広場へ向かう。

 ハリーが公園の時計に目をやると、正午まであと五分となっていた。


 ハリーの心臓が緊張で高鳴る。それはハリーだけでなく、紫蘭も同じだった。


 噴水広場へ着くとハリーたち以外にほとんど人気はなく、散歩中のお年寄りや日傘を差した女性、親子らしき人影が見える程度だった。寧ろこれから起こるかもしれない嵐に対して出来るだけ無関係な人間を巻き込みたくはない。


 ハリーたちは噴水広場の真ん中でケヴィンの到着を待つ。不意に正午の鐘が公園中に響いた。約束の時だ。



「さあ、来い」



 ハリーは独り言を呟いて平静を保つ。

 少しばかり時間が過ぎた頃、黒スーツに身を包んだ刈り上げ頭に顔に傷の付いた若い男が一人ハリーたちの前に現れた。



 ケヴィン・モルトシオネ。

 ドンからもらった写真の姿で間違いない。



 ケヴィンはハリーを睨んだまま、ゆっくりと噴水広場の真ん中まで歩く。そして紫蘭らと対峙するように少し前で歩みを止めた。



「…遅刻だぞ、ケヴィン・モルトシオネ。一人で来るとは随分余裕綽々だな」



 紫蘭がジャブを打つようにケヴィンを牽制する。しかし、ケヴィンは一笑に臥して懐からタバコを取り出した。



「誰かと思えば蔡一門の劉宗玄の小娘か。親父はどうした?厄介事を娘に押し付けて雲隠れか?」


「父上の状況を知ってる癖に!今更白々しい!」



 怒りで我を忘れた紫蘭は思わず声を張り上げるが、ハリーが慌てて制止した。ケヴィンは紫蘭に構わずタバコに火を点けた。



「落ち着け、紫蘭。冷静さを欠いたら奴の思うつぼだ」


「ぐっ…しかし手負いの父上を侮辱したのは許せん」


「奴の挑発は聞き流せ」



 ハリーは紫蘭を宥める。するとケヴィンはハリーの方を向くと、メンチを切るように睨み付けた。



「貴様がハリー・ライナスか」


「そうだ、ケヴィン・モルトシオネ。俺はお前の父、ドン・モルトシオネに頼まれてお前を探していた」


「フン、親父が?今更?エリックのクソヤロウを跡目にしたんだろ?俺がどうなろうが、親父の知ったことではない」


「ま、そういうだろうと思ったよ」


「それよりもだ、ハリー・ライナス。俺はどうしても貴様を消さなきゃ気が済まないんだよ」



 ケヴィンはハリーに近づくと至近距離でガンつけた。遠目からでも分かるくらい殺気を剥き出しにしている。



「…グランシステリア王国のことか?」


「分かっているじゃねえか。そうだ、執政院としてその事を知る者は何人足りとも生かしておくわけにはいかないからな」


「「バー・フリーダム」のマスターを殺したのもお前の差し金か?」


「マスター…?ああ、あの雑魚か。無様に命乞いしてたのが実に滑稽だったぜ」



 ケヴィンが汚ならしい笑みを浮かべてトマスの最期を嘲笑する。この姿にハリーの中で言い様のない怒りが込み上げてくる。只ならぬハリーの様子を見て少し冷静になった紫蘭が心配そうな表情を浮かべた。



「ケヴィン…貴様…このまま済むと思うなよ」


「ギャーハハハ!!どの口がいってるんだよ?!てめえも同じ運命を辿るんだぜ?自分の立場を考えろよ!」



 そういうとケヴィンはハリーの腹に思い切りボディーブローを見舞った。ハリーは思い切りえずくと前のめりに倒れた。紫蘭と部下たちが慌ててケヴィンの前に立ちはだかる。



「おい!まだ引き渡しは終わってないぞ!」


「フン、どけよ小娘。引き渡しだの何だのどうだっていいだろ?どうせコイツは死ぬ運命にあるんだ。てめえら蔡一門には関係のないことだ!」



 ケヴィンが袖口から拳銃を出して紫蘭らに向けた。ハリーはゆっくり立ち上がりながら周囲を見回す。ハリーらのいる反対側の噴水の前に一人の女性が立っているのにハリーは気づいた。此方がかなり物々しい雰囲気にも関わらず、女性の方は我関せず悠然としている。



 赤い傘に白いヒールの女…



 ケヴィンに銃口を向けられた紫蘭らは動揺しつつもその場を動かない。ケヴィンは脅しに屈しない紫蘭らの態度にイラつき始めたのか、引き金に指を掛けた。その時ハリーは件の女性に向かって、



『バラのつぼみ!』



 合言葉を叫んだ。

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