第52話 嵐の前に
「ところで明日のことで少し変更がある」
劉が口を開くと紫蘭の方を向いた。全員の視線が紫蘭に向く。
「残念だが、今の私の状態では此処から動くことができない。代わりに紫蘭、お前にハリーの引き渡しの役を頼みたい」
「えっ?わ、私?!」
紫蘭が驚いて立ち上がる。劉は紫蘭を見てゆっくりと頷いた。
「で、でも…」
「お前に蔡一門を代表してもらう。大丈夫だ、他の部下やガーランドらスカルスノフ・ファミリーにも既に協力は取り付けている」
「父上…」
「紫蘭様、ご心配には及びません。私共も共通の敵がおりますので全力でお守りいたします」
「我々モルトシオネも同様だ。養父が私に内緒で色々と進めていたみたいだが、此処まで話が拗れた以上はモルトシオネの手で片を付ける」
エリックもガーランドに同調する。紫蘭は劉や二人を見ると静かにお辞儀した。その様子を見てガーランドが微笑む。
「さて、ハリー。約束の日は明日だ。どうなろうと後悔はするなよ」
「…承知の上だ」
劉がハリーに念を押すように告げる。アリアは心配そうにハリーを見たが、ハリーの表情の堅さを見て口を挟むのを止めた。
「アリア、すまない。君はトントと一緒に此処で待っていてくれ」
「でも…」
「明日はケヴィンも、そしてマダムも来るだろう。もし君がいることが二人に知れたら只ではすまない」
「ハリー・ライナス」
「はい?」
不意にエリックがハリーに向いて話し掛けた。
「明日は養父も約束通りリバーサイドパークへと向かう。だが知っての通り養父の容態は著しく悪い。ケヴィンと対面できたとしても、体調面を考慮してほんの僅かの時間だろう。養父の顔を立てて親子の再会をお膳立てするが、その後の始末については口出しはするなよ」
「…勿論です」
ハリーはエリックに頭を下げると共にドンの言葉を思い出していた。
「子の不始末は親が尻拭いをする、か」
ハリーはポツリと呟く。するとガーランドが少し考えてから劉の元に近づいた。
「すみません、劉様。一つ気になったのですが、執政院側に我々の動きは筒抜けになっている恐れはありませんか?」
「うむ。そのことなんだが、色々と内部で調査したところ執政院に通じていた裏切り者が何人かいた。連中の動きが妙に早いと思っていたがやはり内通者がいたということだ」
「なるほど…そちらにも裏切り者がいましたか」
「だがもう心配はいらん。既に運河の魚の餌にした」
「裏切り者の末路は何処も一緒ですね」
ガーランドが溜め息を付いた。ガーランドの表情を見たハリーはジムのことを思い出して身震いする。
自分も一歩間違えたら彼らと同じ運命か…。
「あとはマダムですね。彼女らも何やら動きを見せているみたいですが…」
「執政院にはマダム側のスパイもいる。恐らく彼女にも明日のことは筒抜けだろう」
「そうなると無事では済まなさそうだな…」
エリックと劉が悩む。が、確実に時間は差し迫っていた。ハリーは手を挙げて再び皆の注目を集めた。
「すみません。事態がどう転ぶかは分かりませんが、まずはドンの依頼を遂行させてください。後は皆様に全てを委ねます」
ハリーの言葉に皆、沈黙した。マフィア間の全面戦争か或いは…。嵐の前の一夜が過ぎようとしていた。




