第44話 ギブアンドテイク
「指名手配犯を匿うなんて此方にとって何の得もないこと、容認することはできない。悪いが今すぐこの屋敷から出てくれ」
「…ま、そんな虫のいい話はないよな。指名手配になったのは予想外だったが、あんたを頼ろうとした俺の考えも甘かったか」
劉とハリーは屋敷内の一室に場所を移して話し合うことにした。座卓を挟む形で上座に劉と紫蘭、下座にハリーと膝の上にトントが座っている。ハリーの後ろの扉の前には劉の部下である屈強なボディーガードが睨みを利かせていた。
劉にボコボコにされたハリーの顔にはあちこちに絆創膏やガーゼが付いていた。紫蘭とトントはハリーの痛々しい姿を心配そうに眺める。が、そんな様子を気にすることなく、ハリーと劉は話を続けた。
「劉…せめて何処か安宿みたいなセーフハウスか拠点にできるとこはないか?まだ俺は捕まる訳にはいかないんだ」
「アップタウンにそんな所ある訳ないだろ。それに警察も血眼になって貴様を探している。幾ら雲隠れしても見つかるのは時間の問題だ。大人しくすることだな」
「相変わらず酷い野郎だ」
「面倒事を持ち込む方が悪い」
ハリーの頼みを劉はあっさりと一蹴した。ハリーは絆創膏を撫でながら打開策を考える。
「父上、いいのか?ハリーはこれでも旧知の仲だし、我々も何回か助けられているだろ?」
横から我慢出来なくなったのか紫蘭がハリーに助け船を出す。劉は紫蘭の方に目をやると深い溜め息を付いた。
「紫蘭…確かに彼奴には何度か世話になったことはある。が、それ以上に彼奴から厄介事を持ち込まれていたんだ。さすがに今回の一件は我々だけで収まる話ではない。下手したらメトロポリス全体を敵に回しかねないのでな。組織を束ねる者ならば私の立場も理解してくれ」
「父上!」
「これは父としてではない。ボスとしての命令だ!紫蘭!!」
劉の強い口調に紫蘭は思わず引き下がる。ハリーは紫蘭を宥めるように手を振ると、トントを降ろしてゆっくり立ち上がった。
「ま、そちらの考えはよく分かった。確かに劉の意見は正しい。この案件は俺の問題でもあるからな」
「理解いただいて助かる」
「邪魔したな、そろそろ出ていく」
ハリーは扉の方を向くとボディーガードに軽く挨拶して外に出ようとした。紫蘭はまだ諦めきれないのか、劉の顔を見据えて何かを訴えようとしている。一方で劉は顎髭に手を当てると少し考え込む素振りを見せた。
(待ってくれ、ハリー)
トントが慌ててハリーの後を追う。ハリーはトントを肩に乗せると、扉に手をかけた。
「待て、ハリー・ライナス。一つだけ私に提案がある」
不意に背後から劉が声を掛けてきた。劉の言葉にハリーは怪訝な表情で振り返る。
「提案だと?」
「命の保証のない危険な賭けだが、ほぼ確実に目標に接触できる」
思うところがあるのかニヤリと笑う劉に対してハリーは眉をひそめつつ、席に戻った。
「…どうせ指名手配されている以上、当てもないし、逃げ場もないんだ」
ハリーは腹をくくって劉の提案を飲むことに決めた。
「で、提案の中身はなんだ?」
……………………
所変わってメトロポリスの執政院にある会議場。議長であるヘンリー・ダマスカスを含む12名の評議員が集まり、今後のメトロポリスの運営について会議を開いていた。
ジョーカーことケヴィン・モルトシオネは評議員の正式メンバーではないため外れているものの、会議内容については隣の小部屋から傍聴していた。
「先の五輪と万国博覧会の会場設営の課題か…どちらにしても『キング』の意向が働いている以上は『浄化』計画は覆らないだろうな」
ケヴィンは独り言を呟いてアリアから奪ったロケットを握りしめた。横には影たちが複数名控えてケヴィンの命令を待っている。
「ハリー・ライナスは見つかったか?」
「いえ。アップタウンの津々浦々捜索しているのですが、まだ痕跡を発見できておりません」
「分かった…引き続き捜索しろ」
「御意」
ケヴィンの言葉を受けて影たちが一斉に散る。ケヴィンは小部屋を出ると執政院の会議場横にあるバルコニーへと歩き、タバコに火を点けた。
「…ところでスティーブン。君は何故此処にいるんだ?」
ケヴィンの背後にいつの間にかスティーブン・アンブロアが立っていた。スティーブンはニヤニヤしながらケヴィンの横に赴く。
「ケヴィン。例のドラッグのことなんだが、そのロケットってやつか?コイツを解析したお陰で上手いヤツが出来そうなんだ」
「本当か?」
「ああ、我々としても自信作だ。ただ…」
「ただ…なんだ?」
スティーブンの表情が曇る。ケヴィンは気になるのかスティーブンに話の先を要求した。
「蔡一門のことだ。連中が囲い込んでいる移民どもをドラッグの効能の実験台に使っていることがバレちまってな。最近一悶着を起こしてるんだ。今回のドラッグにしても実験台が欲しいんだが…中々確保できなくてな」
「蔡大老の所か…敵に回すのは厄介だな…で、私に用なのは実験台の確保のことか?」
「そうだ、出来れば早めがいい」
スティーブンの話にケヴィンが少し考え込む。そして何かを思い立ったのか邪悪な笑みを浮かべた。
「いいだろう…一人心当たりがある。彼女はもう用済みだからな」
「全くお坊っちゃんは恐ろしい」
ケヴィンの顔を見てスティーブンが身震いする。すると、突然横から影が二人の所に現れた。
「失礼します。ジョーカー、緊急の伝令です」
「なんだ?」
「ハリー・ライナスを確保したそうです」
「本当か!?」
「はい。ただ…」
「ただ…なんだ?」
影が言い澱む様子にケヴィンが苛立ちを見せる。影は意を決して報告を続けた。
「確保したのは蔡一門だそうで、連中からハリー・ライナスの引き渡しの条件として貴方と直接対面したいそうなのです」
「蔡一門が、私との対面を要求するだと!?」
影の報告にケヴィンとスティーブンは驚愕して顔を見合わせた。




