第40話 密約
ハリーの暗殺に失敗した影たちは警備員たちが駆けつける前に素早く現場から撤収した。トントに目を引っ掻かれた影の一人は目から血を流しつつ、そしてハリーに胸を刺された影は防刃ベストを脱ぎ捨てて逃走する。
二人の影が向かった先はアップタウン側の運河沿いの港だった。影たちは港を行き交う人々に見つからないように一番隅の倉庫へと入っていく。
倉庫の中は陽が上っているにも関わらず、真っ暗で奥の方まで見ることができない。影たちが倉庫の真ん中まで進むと、倉庫の照明が一斉に点いた。
「ご苦労」
倉庫の奥から一人の男が歩み寄ってくる。男の眼光は鋭く、前髪を一房垂らした刈り上げの髪型とビシッとした紺色のダブルのスーツに身を包んでいる。そしてその顔には見る相手を威嚇するかのような傷が刻まれていた。
二人の影が男の前に恭しく跪く。
「ジョーカー…申し訳ございません」
「…どうやら取り逃がしたようだな」
ジョーカーと呼ばれた男、ケヴィン・モルトシオネ。影たちは目の前のケヴィンの言葉に身震いする。静かな口調だが、明らかに怒りを含ませているが分かった。
「お前たちにはそれ相応の『処置』を施したのだ。確かにある程度は成果が見られたようだが、肝心の命令をこなせないようでは本末転倒と言わざるを得ないな」
「奴は警察を通じてアップタウン全体に指名手配を掛けております。網に掛かるのも時間の問題かと」
「それと今回の失態はイコールではない。お前たちの処遇は『キング』に委ねる」
「……御意」
「全くアリア様も困ったお方だ。やむを得ない事情とはいえ、モグリの私立探偵に御自身の素性を不用意に明かすとは…」
ケヴィンが溜め息を付いて頭を抱える。影たちが気まずい空気に言葉を詰まらせていると倉庫の奥の方からもう一人、男が此方に寄ってきた。
「随分と荒れてるな、ケヴィン・モルトシオネ」
「その名は捨てた。これ以上呼ぶのなら執政院の権力を最大限行使して完膚なきまでに潰すぞ」
「おー、コワイコワイ…お坊っちゃんはご機嫌斜めか」
ククク…と男は笑ってケヴィンの肩を馴れ馴れしく叩く。ケヴィンは不快そうに男の手を払った。
男はサングラスに無精髭、ドレッドヘアーに白衣を着崩したような格好をしていた。意地汚くニヤニヤと笑う姿は見る者の神経を逆撫でする。
「何の用だ?スティーブン・アンブロア」
「コイツらに施した『処置』の成果を知りたくてね」
「身体能力面は上々のようだが、些か不安定な部分がある。まだ完璧とは程遠いな」
「そうか…」
スティーブンと呼ばれた男は残念そうに項垂れると、突然懐から拳銃を取り出し、目を引っ掻かれた影に向けて発砲した。いきなりのことに対処できなかったのか、影の頭に銃弾は当たり血飛沫を上げて倒れた。
ケヴィンともう一人の影は驚きの余り、その場に固まる。スティーブンは再び残念そうな表情を浮かべると溜め息をついた。
「やはり…完璧ではないか。もう少し調合の比率を見直すとしよう」
「…お、おい!一体何やってるんだ…!?」
「えっ?」
「えっ?じゃない!適合性は今、此処で試すことではないだろ!」
ケヴィンが怒りの余りにスティーブンに詰め寄るが、当のスティーブンは何故ケヴィンが怒っているのかイマイチ分かっていないようだ。キョトンとした顔で倒れた影の体に蹴りを入れている。影が事切れて動かなくなったのを見て、ケヴィンに詫びを入れた。
「あんたのいう未知の素粒子と我々が作ったドラッグの掛け合わせで常人を越えた超人を作るというアイデアは流石だ。だが、まだドラッグとの相性が合うのかは未知数なとこがある。如何せん費用対効果も考えるとリスクが大きい」
「金に糸目を付けるつもりはない…とにかく急いでくれ。あと『キング』にはこの件は内密に」
「…?コイツはあんたの独断か?」
スティーブンが怪訝な表情を浮かべてケヴィンを見る。ケヴィンは不気味に笑って懐からタバコを取り出して火を点けた。
「『キング』には『キング』の考えがおありようだが、私にとってこの素粒子はいわば金脈のようなもんだ。むざむざ執政院がその富を独占するのは勿体ない。私がもっと効率のいい方法でこの素粒子を活用してタップリと稼がせてもらう」
「策士だな、ケヴィン」
「いい加減ジョーカーと呼んでくれ」
スティーブンはクククと笑うと、呆然としていたもう一人の影にも拳銃を向けて頭に銃弾を浴びせた。もう一人の影も血飛沫を上げてその場に倒れる。
「どうやら効果が切れた、か」
「ドラッグの持続性も課題の一つだな」
ケヴィンとスティーブンは諸々話しながら倉庫を後にする。そして影たちの死体だけが、再びに暗闇に包まれた倉庫の中に残された。




