第38話 容疑者ハリー・ライナス
「ところでトントはいつからトランクの中に忍び込んでいたんだ?」
影の襲撃を振り切ったハリーは運転しながらそれとなく口にした。ハリーの言葉に反応して助手席に黒猫がひょいと飛び乗る。
(やっぱりバレてたか)
トントはイタズラっぽく舌を出した。その様子を見てハリーは呆れた溜め息をつく。が、すぐに笑みを溢した。
「だが助かったよ。ありがとう」
(どういたしまして)
満足げにトントは席の上でコロンと丸まった。ハリーはトントが無事なのを見てホッとした。
(ハリー、さっき襲ってきた連中に心当たりあるか?)
「いや、全くない。何処かのファミリーの刺客でもなさそうだし、行きずりの通り魔的な犯行とも思えない。俺の命を明確に狙ってきていた。しかし…」
ハリーは次の言葉に詰まる。先程の影たちは明らかにマフィアの刺客とは毛色が異なる雰囲気を醸し出しており、常人の領域を越えているように見えた。まるで人のようで人ではないような…
「トント。さっきの連中、お前はどう思う?」
(そうだなぁ…私が攻撃した限り、痛覚はあったみたいだから人外というわけでもなさそうだな。ただ何かしらのトリックか処置を施したと考えている)
「…なるほど。少なくとも人間であることは間違いないみたいだな。とりあえずこっちの被害がトランクに穴を開けられたのとネクタイと服を何枚か失くしたくらいで済んで良かった」
(今、命があるだけラッキーさ)
道なりにしばらく走行していたが、ハリーは中心部の手前で一度停車した。車の横には雑貨屋や食品店が並んでいる。ハリーは降りるとトントに車の留守を頼んだ。
トランクの中の物の補充とトントの餌を買い込むとハリーは再び車に戻ったが、何か周りの様子がおかしい。道行く人の視線が此方を向いており、ヒソヒソ話をしている者までいる。
「?何だ、一体。今の俺は陰口叩かれるほど貧乏臭く見えるのか?」
ハリーは内心不快に思いつつも車へ乗り込んだ。後部座席に荷物を放り込んでエンジンを掛ける。エンジン音で助手席で寝ていたトントが目を覚ました。
「トント、そろそろ行くぞ。お前の餌も買ってきた」
(行くって、何処へ行くんだ?)
「チャイナタウン…」
(はあ?チャイナタウン?)
「一応旧知がいるんだ。しばらくは滞在するつもりだから、安宿の工面をお願いしてもらおうと思ってな」
(うまく行くかなぁ?)
「まあ、任せとけって」
ハリーは買ってきた食料の中からサンドイッチを取り出して頬張る。トントは車の中が気になるのかダッシュボードを見たり、後部座席をいったり来たりした。
(なんと言うか…高級車の割りに簡素な内装だな。さっきの連中が乗っていた手掛かりみたいなのがあるかと思ったが)
「仕方ないさ。もしかしたら盗難車かもしれないから余り中の物は当てにしない方が良さそうだ」
ハリーはサンドイッチを食べ終わると、BGM代わりにカーラジオを付けて出発した。さすが高級車なだけあって車内にラジオが備え付けられているのにハリーとトントは内心感動した。
「警察官時代、車の中には無線しかなかったけど、こうしてラジオを聞けるなんてな。技術の進歩は目覚ましいもんだ」
ハリーがラジオの周波数を捻っていると臨時ニュースが飛び込んできた。今朝「蜘蛛の糸」付近で銃撃事件があり、犯人が逃走中らしい。ハリーは何となく嫌な予感を覚えつつ、車を走らせる。が、ある名前がラジオから告げられた途端、急ブレーキを踏んだ。
『現在判明している逃走中の容疑者の名前はハリー・ライナス。私立探偵を名乗り、アップタウンへ不法侵入した疑いもあり』
んんっ?ハリー・ライナス…??
「俺の…」
(お前さんの…)
二人揃って声を出そうとしたとき、背後から複数台のパトカーがサイレンを鳴らして迫ってきた。
パトカーの接近に気づいたハリーは慌てて車を急発進した。




