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第34話 リミット

時系列は第28話の後に戻る

 ハリーは夕飯の準備のために市場へと向かったものの家の中がまだ散らかっている状態だったのを思い出して、急きょ外食することに決めた。

 帰りがけにトントの餌を忘れずに買うことにして適当な食堂を探す。


 途中無意識に「バー・フリーダム」へと足が向いていたのにハリーは気づいた。店主が居なくなった「バー・フリーダム」はひっそりと静まり返り、店内も看板も真っ暗なままだった。外にはまだ規制線が張られており、誰が置いたのか入り口辺りに花束が手向けられていた。


 トマス亡き今、もう「バー・フリーダム」に寄ることもない。ふと現実を突き付けられたハリーはいたたまれない気持ちになり、急いで「バー・フリーダム」を離れた。


 次第に辺りが暗くなる中、ハリーは繁華街の外れにある小さなカフェに入ることにした。初めて入る店だが、それなりに繁盛しているのか先客が何人かいた。


 ハリーは入り口近くのテーブル席に座り、コーヒーとミートソーススパゲッティを注文した。

 待つ間、ハリーは図書館から拝借した新聞紙の記事をもう一度眺めてみた。時空を越える効果のある素粒子の存在とそれを操る装置の開発等、詳細が事細かに書かれている。が、マリアの名前はやはり何処にもなかった。


 先に来たコーヒーを啜りながらハリーは溜め息を付く。さて明日はプレッティーノ・ファミリーが来る。アップタウンに渡るために「蜘蛛の糸」を通過することになるだが、本当にマダムを信用できるのか。無事に乗り切ることが出来るのか。全く不安がないといえば嘘になる。


 ハリーがしばしボンヤリしていると、突然目の前に杖をついて帽子を目深に被ったコート姿の老紳士が相席で座ってきた。


 ハリーは驚いて周りのテーブル席を見回す。店は賑わっているが、テーブル席やカウンター席にはまだ空きや余裕がある。


 ハリーが怪訝な表情で老紳士に目を向けると、老紳士は徐に帽子を上げた。その顔を見たハリーが思わず息を飲む。



「ド、ドン・モルトシオネ…!」



 ハリーの目の前に座ったのはケヴィンの捜索を依頼したドン・モルトシオネ、その人だった。一人で現れたことに驚愕するハリーを制するようにドンは店員にコーヒーを注文した。


 ドンの姿は先日会ったときの印象と異なり、酷くやつれ足腰が覚束ない様子である。眼光こそ鋭さはあるものの目は更に充血し、何度も咳き込んでいた。明らかに病状は思わしくないようだ。



「容態はかなり悪そうですね…」


「ああ、いよいよお迎えが近くなってきたようだ…」


「よろしいのですか?一人でこのような所にいて…」


「フッ…いい訳ないだろ。看護師に賄賂を渡して無理矢理出てきたんだ。先日お前さんに会った後で一気に病気が進行してな。エリックの奴に強制的に病院に放りこまれたのさ。エリックめ、これを機に私から組織の権限を全て奪いおった。だから今の私はボスでも何でもない、ただの老いぼれさ」



 ドンは弱々しい声でハリーに答えた。ハリーは心配そうにドンを気遣うが、ドンは気力を振り絞って笑い顔を作る。



「まだ依頼を達成する前にくたばる訳にはいかないからな」


「しかし…その体では…」


「そうだな、約束の日まで持つかも分からんな。だからこそ今ある情報を知りたい」



 ドンは目を見開いてハリーを眺める。ハリーはドンの気迫に押されつつも、一度深呼吸してこれまで得た情報を洗いざらいドンに伝えることにした。ごまかした処で何の得にもならないし、バレてしまえば薮蛇だからである。



………………………



「……なるほど。やはりケヴィンは生きていたのか。だが、まさか執政部側についているのは予想外だった」



 ハリーの報告を聞いたドンが注文したコーヒーを啜りながら呟いた。行方不明になっていた息子が生きていた喜びよりも息子の心変わりに対する失望が大きいようだ。フーッと深い溜め息を付くとドンは椅子にもたれ掛かった。



「ご子息、ケヴィンは現在アップタウンの執政院にいると思われます。私は明日からアップタウンに渡り、改めて本人に会うつもりです」


「そのためにわざわざマダム・プレッティーノの協力を得たのか?」


「…苦渋の選択です」



 ハリーはドンの指摘に言葉を詰まらせる。ケヴィンを探す成り行きとはいえ、ドンの敵対組織に協力を取り付けることになったのだ。さすがに只で済むわけがない。しかしドンは苦笑しながらハリーを宥めた。



「もう気にしなくていい。跡目のエリックとマダムは今度のお披露目会で手打ちにすることを約束している。今更死にかけの老いぼれが文句を言った処で意味のないことさ。それよりもハリー、私が気になっているのは何故ケヴィンがマフィアを締め付ける行為に及ぶようになったかだ」



 ドンは肘をついて考え込むように視線を落とした。時折震えているのは寒気か或いは体の何処かに痛みが走っているからなのだろう。



「ドン、メトロポリスの執政院と五大ファミリーは元々不可侵の関係で持ちつ持たれつだったんですよね?」


「そうだな…だが、今の執政院の議長に代替わりして以降、均衡が崩れ始めた。そしてケヴィンがこの街に戻ったと思われる時期からマフィアの締め付けは激しさを増す限りだ。マダムは執政院と正面切ってやり合うつもりだろうが、極力全面戦争は避けたいのが本音だ」



 ドンは懐から錠剤を取り出すと口に入れてコーヒーで流し込んだ。少し震えが落ち着いたらしい。



「ドン…今の執政院の議長というのは、ヘンリー・ダマスカスという男ですよね?」


「ああ、研究者上がりの頭でっかちな奴で融通の利かない堅物だ。他のファミリーの連中も奴とは反りが合っていないようだ」



 ドンの言葉を聞いてハリーは先程まで見ていた新聞紙の記事をドンの前に出した。



「ドン…これから私のいうことはあくまでも仮定や想像に過ぎません。しかしこれまでの話と辻褄が合うにはこの考えしかできないのです」


「一体何の話をしているのだ?」



 ドンが首を傾げる。ハリーはゆっくりとマダム・プレッティーノが明かした執政部が進めている実験やケヴィンが大戦中に消息を絶った理由をドンに明かすことにした。

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