第27話 忘れられた手紙
マダムの協力を得たハリーが家に帰り着いたのは日付の変わった午前二時のことだった。賭場に向かってから実に三日近く経過しており、玄関脇のポストには新聞紙が重ねて入っていた。
ハリーは新聞紙を取って部屋の中に入るとそこら中がひっくり返され、あちこちに服やら皿やら雑貨やらが散乱していた。
言わずもがなマダムの命を受けたプレッティーノ・ファミリーの仕業である。犯人は分かっているが、警察を呼んだところで何の意味もないとハリーは判断して、仕方なくソファに座った。
真夜中で体も疲れきっていることもあり、部屋を片付ける気力も起きない。ハリーは深く溜め息をつくとソファに横になってふて寝することに決めた。
ふと新聞紙を見ると一面に大きく『次回の五輪、万国博覧会の会場にメトロポリスが決定!!歓声に沸くメトロポリス市民!』と出ている。
貧富の差で喘いでいる人間が多いのにイベント事とはいい気なもんだ。ハリーは悪態つきながら見出しの文章を追う。
『メトロポリスの執政部代表であるヘンリー・ダマスカス議長以下12名の評議員が笑顔で開催決定を報告。近く会場設営の準備に向けて再開発を進める予定』
「執政部の評議員…か」
ハリーはゴロンとしながら今ケヴィンとアリアが執政部の手中にあることを考える。何れにしてもアップタウンまでの道は拓けた。あとは目的地まで突き進むだけだ。
新聞紙の中を捲ると二件の殺人事件以外に大した話題はなかった。殺人事件の一つはトマスの件。もう一つは「蜘蛛の糸」の付近で運河に投げ捨てられた身元不明の射殺体だった。
ハリーはひっくり返っているテーブルの上に新聞紙を投げて目を瞑った。
(ハリー…帰ってきたのか?)
朧気に脳内に声が響き渡る。ハリーはハッとして上体を起こして周りを探る。暗闇から黒猫が目を光らせて現れた。
「トントか…ただいま…」
(お互い酷い目に遭ったな)
「ああ…全くだ。ところでトント、餌を食べてないだろ?ごめんな、放ったらかしだった」
(それなんだが…幸いプレッティーノ・ファミリーの連中がガサ入れしたときにキャットフードを床に撒き散らしてくれたみたいでね。ソイツを食べてたから飢えは凌げたよ)
「はー…そいつは悪かったな」
ハリーはトントの言葉に深い溜め息を付いた。トントはハリーの元に駆け寄るとひょいと膝に飛び乗った。
(よく釈放されたな)
「話せば長くなるんだ…」
ハリーはトントにマダム・プレッティーノとのやり取りを説明した。ハリーの話を聞いたトントがしかめっ面を浮かべて頭を掻く。
(ハリー…全く持ってお前さんは面倒事を持ち込む体質だな。お祓いか何かしてもらった方がいいんじゃないか?)
「反論する気にもならん」
(で、どうするんだ?)
「マダムの協力を取り付けたから明後日にはアップタウンに渡る通行証が手に入る予定だ。といってもこの短時間じゃ偽造だろうがな。とりあえず向こうが出向くまで待て、だと」
(信じるのか?アリアを襲って部屋を荒らした連中を?!)
「仕方ないだろ…やるだけのことはやるさ」
ハリーはふて腐れながらコートの懐からハンカチに包まれたマリアの写真立てを出した。無惨な状態だが、中の写真は無事なようだ。
「中身が無事で良かった。コイツを壊したことについてはマダムは謝ってきたな」
(そりゃハリーにとっては一番の宝物だからな)
ハリーは写真立てからマリアの写真だけを出そうとすると、ひび割れた木枠の裏に何かが挟まっていることに気づいた。どうも二重底のようになっているらしい。
ハリーは裏に挟まっているものを取りだそうと近くに落ちていたドライバーで無理やり木枠を壊した。中から一枚の紙切れが落ちる。
「何だこりゃ?」
ハリーが紙切れを広げるとある一文が記載されていた。
『拝啓マリア・ルイーズ
某素粒子を用いた物質転移実験の成否について至急報告されたし。我々の研究施設における世紀の大発見であるこの研究を貴君が独り占めすることは断固として許さない。これ以上の要求を飲まないのであれば我々は実力行使に出るのみである。
メトロポリス自然科学研究所 所長 ヘンリー・ダマスカス』
「こいつは…脅迫文…か?」
(ハリー…分かるか?)
「いや、全く持って分からん。そもそもマリアが生前何をしてたかも…知らないんだ」
ハリーは紙切れの内容を見て首を傾げる。するとトントが新聞紙の見出しをじっと睨み付けているのに気づいた。
「どうした?」
(ハリー…もしかして、だがマリアを脅していたのはコイツなんじゃないか?)
ハリーは一面に載っている五輪と万国博覧会の会場決定の記事にあるメトロポリスの執政部の項目を見て目を見開いた。
「ヘンリー・ダマスカス…」




