第26話 交渉人
「そうそう、貴方に返すものがあったわ」
マダムは左隣の男に手を差し出すと、男が恭しくマダムの手にハンカチに包まれた四角い小箱のようなものを渡した。
マダムは未だに膝を付いているハリーの前に来てしゃがむと、先程の小箱をハリーの前に出した。
「俺に返すもの…?」
ハリーが疑問に思いながらマダムからの包みを開くと、中にはマリアの部屋に飾られていた写真立てが入っている。写真立てのガラス面はひびが入り、木枠もずれて割れてしまっていた。何かの拍子にテーブルの上から落ちてしまったようである。
「…!?何故コイツを貴女が持っているのです…?」
ハリーは声を震わせてマダムに問いかけた。マダムは少し申し訳なさそうな表情をしてハリーの手を握る。
「部下に命じて貴方の部屋をガサ入れさせてもらったわ。その時にうっかり落としてしまったみたい。念のため回収してたのよ。悪いことをしたわね」
「……俺の家に入ったんですか…」
「少し調べれば分かることよ。それにあの女…アリアを探すためにはやむを得ない処置よ」
マダムはマリアの写真立てを壊したことについては謝るが、勝手にハリーの自宅に入ったことは何とも思ってないらしい。身勝手な行為にハリーは心底腹が立っていたものの、これ以上いざこざを起こしたところで無駄と判断して目を瞑ることにした。
「結局あの女は貴方の元から出ていったのね」
「…俺の留守の間に消えましたから、いつ出たのかも知りません」
「…成る程」
マダムは立ち上がるとパイプを再び咥えた。どうやらプレッティーノ・ファミリーがガサ入れするのと行き違いでアリアは連れ出されたようだ。先日のことを思い出すと寧ろ執政部の方が先に動いてくれて良かったかもしれない。
どうであれアリアの身の安全の確保が最優先であり、ハリーは心の中でホッとしていた。だが、マダムにとっては期待外れなようだった。
「じゃ、ハリー・ライナス。貴方はもう用済ね。私達は再度あの女の行方を追うわ」
マダムは吐き捨てるようにいうと、周りの男たちにハリーの始末を命じた。男たちがハリーを囲むように立ちはだかる。
万事休す。だが、ハリーは少し考えるとマダムを呼び止めた。
「待ってください、マダム」
「何?命乞いのつもり?余計な時間は掛けたくないわ」
「違います。アリアの行き先については心当たりがあります」
マダムがしかめっ面をして、ハリーの方に向き直った。ハリーはマダムの気が此方に向いたことを確認すると畳み掛けるように口を開く。
「アリアはご存知の通り、別の世界…グランシステリア王国の女王を名乗っています。何故かメトロポリスの執政部は何が何でもグランシステリア王国のことを秘匿しようとしている。彼女は執政部が先手を打って連れ出したものと私は見ています」
「…で?」
「もし彼女を貴女方の手中に収めるつもりであれば…まずは俺を使ってアップタウンへ行かせてください。アリアは俺に心を開いてくれたので説得すれば傷ひとつなく連れ戻すことができるかもしれません。うまく行けばケヴィンを炙り出すこともできると思います」
「…随分な自信ね」
「自信はありません。が、俺は今此処で倒れる訳にはいかない。どんな手を使ってもアップタウンに行かなくていけない…」
ハリーは決意するように呟く。マダムはニヤリと笑うとハリーの周りを囲む男たちを押しのけてハリーの前に出た。
「下手くそな交渉ね」
「百も承知です」
「私達の当面の狙いはアリアだけど、最終目標はケヴィン・モルトシオネ、奴を消すことよ。もしケヴィン本人を炙り出せるのなら手を貸してやらなくもないわ」
マダムはハリーの目を見据えた。百戦錬磨の女帝の眼光は鋭くハリーに視線を向ける。
「賭けるものは貴方の命よ、ハリー・ライナス。それを受け入れるなら今回に限り生かしてあげる。女帝の気まぐれだと思いなさい」
マダムはパイプを咥えるとフーッと再び煙を吐いた。




