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第10話 亡国の女王

 ハリーは両手を挙げて女に敵意がないことを示した。女はブルブル震えながらも銃口はぶれることなく、ハリーに向けている。やはりこの女は只者ではないようだ。



「とりあえず落ち着いてくれ。俺()()は敵じゃない」


「俺()()…?」



 女が怪訝な表情を浮かべた。女の様子に気づいたトントが慌ててハリーに小声で話す。



(ハリー、彼女には私の言葉が聞こえない。変な話をすると余計に警戒されるぞ)



 ハリーはハッとしてコホンと咳払いした。女は尚も銃口をハリーに向けて警戒を緩めていない。



「…すまない。()は敵じゃない。まず落ち着いて俺の話を聞いてくれ」



 ハリーは女を宥めるように慎重に言葉を選んで話す。



「まず自己紹介といこう。俺はハリー・ライナス。この街で私立探偵をしている。こいつは飼い猫のトント。今日はたまたまバーで飲んでいたときにあんたの悲鳴が聞こえたから助けに入ったんだ」


「…さっきのときの…」


「思い出してくれたか?無我夢中だったから仕方ないけど、あんたはその拳銃で人を撃った。そして気絶したから、ひとまず此処に連れてきた」


「…どうして?」


「その拳銃は俺のものだ。どういう経緯があるにせよ俺の拳銃で人が死んだ以上、警察も俺に疑いを掛けるだろう。俺は今、捕まる訳にはいかない事情があってね。やむを得ず判断したまでだ」


「………」



 女の表情が曇る。と同時にハリーに向けていた銃口も下がった。ハリーはゆっくりと女に近づく。



「とりあえずその拳銃を返してくれないか。そいつを持ったままじゃ、あんたの身の方が危険だ」



 女はハリーに促されて黙って拳銃を渡した。ハリーは拳銃をホルスターに仕舞うと、改めて女を見た。


 女は警戒こそしているものの、現在の状況が飲み込めてきたのか動揺している様子である。ハリーが肩を叩いて落ち着かせようとしたら、横からトントが女の腕にすり寄った。



「トント!」


(ハリー、お前さんより猫の私が近づく方がそこまで警戒されないはずだ。彼女を落ち着かせるのは私に任せたまえ)


「ぐっ…」



 トントの言葉にハリーはやむ無く従うことにした。すると女の方もトントが気になったらしく、少し表情が和らいできた。



「いい子だね…」



 女がトントをゆっくりと撫でる。トントは嬉しそうに女に頬ずりしてハリーをチラリと見た。



(ほらな)


「…ったく覚えていろよ」



 トントのどや顔にハリーは苦笑した。女は深呼吸するとハリーの方に顔を向けた。



「ハリーさん、だったかしら。改めて助けてくれてありがとう。私、今日初めてこの街に来たの」


「そうか…身なりを見る限り、ダウンタウンの住人じゃなさそうだから観光客かと思っていた」


「観光…」


「たぶんあんたを襲った連中は人身売買組織のもんだろう。見ず知らずの女を拐って娼婦として風俗に売り飛ばしたりするような獣のような奴等さ。特に夜出歩くのは危険だ」


「確かに街をさ迷っていたら、いきなり襲われて服を破られた…」



 女がボロボロになった自分の服を見て震える。ハリーは自分のコートを脱いで女に渡した。



「ひとまずコイツを着ておきな。肌が露になるのはよろしくない」


「…お気遣いありがとう」


「…で、これからのことだが、夜が明けたら病院へいく。そこであんたを保護してもらおうと思ってる」


「どうして…?」


「さっきもいったように俺には余計な時間を掛けられない事情があってね。これ以上、あんたと関わってられないんだ」


「………」


「だが、あんたのことは知りたいと思ってる」


「何故?」


「俺の拳銃を迷うことなく抜いて、拳銃を持った男の頭を正確に撃ち抜く腕前は只者じゃない。俺にはどうにも只の観光客には見えなくてね。あんたは一体何者だ?」



 ハリーの質問に女が下を向く。トントは女の傍らで心配そうにやり取りを眺めた。



「私は…アリア。アリア・ボン・グランシステリア。旧グランシステリア王国における最後の王位継承者にして女王…」



 アリアと名乗る女を前にハリーとトントが思わず顔を見合わせた。確かに高貴な雰囲気はあるが、ぶっ飛んだ話である。



「じ、女王だと…?グランシステリア王国なんぞ…聞いたことないぞ…」


「でしょうね。既に王国としては消滅したのだから。いわば私は亡国の女王という者です」


「いや、そういうことじゃなくてだな…」


「そして私は気づいたら此処にいた。どうやらこの街の住人はグランシステリア王国そのものが分かっていないようですね」



 ハリーは淡々としたアリアの話についていけず、頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。

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