第4話 『誕生日(17才)』
おっと、また話が飛んでしまったな。
少し刻を戻そう。
すべてが順調のまま、俺は高校二年になった。
担任は一年時と同じく佐竹っち――佐竹竜二だった。
他のクラスメイトは、うんざりしていただろうな。
なにせ校内一の暴力教師だ。
まぁ俺にとって佐竹は、都合がよいペットみたいなものだったがな。
ちょっとした猛獣使いの気分だった。
俺は二年の一学期の中間テストで学年五位、
期末テストで学年四位の成績を収めた。
このまま三年まで成績がキープできれば、有名大学への推薦も余裕だった。
「人生なんて楽勝だな」
友達との会話で、俺はよくそんなふうにうそぶいていた。
実際に、そう思っていた。
失敗なんて、俺の人生には無縁の言葉だった。
だが、うまくいかないこともあった。
彼女である雨宮麗華のことだ。
彼女の中身は清楚な見た目通りだった。
軽い女じゃなかったのだ。
それどころか、まるで金剛石のようにガッチガチにお堅い女だった。
付き合い始めたのは高校一年の夏だ。
なのに、二年の7月時点で、キスだけだった。
しかも一回こっきりだった。
それもクリスマスに、何万円もしたネックレスと引き換えにである。
まぁ、それは冬期講習と偽って、母さんからだまし取った金で買ったのだがな。
そんな俺にも、ついにチャンスが巡ってきた。
俺への17才の誕生日プレゼントに、初めてを捧げてくれると言ったのだ。
俺のテンションは上がりに上がった。
ようやく俺も童貞卒業か。
しかも最高の美少女となんて。
浮かれる俺に、ただし、と雨宮麗華は付け足した。
交換条件があったのだ。
その条件とは、ある高級バッグを買うこと。
調べると、8万円もしやがる代物だ。
当然、俺にそんな金はない。(貯金はあるが、母さんが管理していた)
だが諦めるわけにはいかなかった。
校内一の美少女を抱くチャンスなのだ。
それが8万円でも安いものだろう。
俺は母親に言った。
「今年の誕生日プレゼントは現金8万円か、〇〇のバッグが欲しいな」
それは喧嘩以外で、久しぶりの母子の会話だった。
そのころには俺も落ち着いていて、母さんに暴力を振るうことはめったになかった。
まぁ、たまにぶん殴ってたけどな。
夜中に酒の匂いをプンプンさせて帰ってくるのが気に入らなかったのだ。
母さんも好きで呑んでるわけじゃないのに。
ほんとクソだな、俺ってやつは。
そして、17才の誕生日――9月9日(水曜日)。
目が冷めた俺は、枕元に封筒があるのを見つけた。
毎年恒例のプレゼント――現金だ。
俺は急いで封筒を開けた。
だが、それは満足するものではなかった。
中身は、たったの三万円だったのだ。
「ふざけんな!」
俺は部屋を飛び出して、階段を駆け降りた。
リビングに入ると、母さんはソファーに座ってコーヒーを飲んでいた。
「おいババァ! これはどういうことだよ!」
俺は封筒を、母さんの目の前に叩きつけた。
「どうもこうも、それが今年のプレゼントよ」
「はぁ!? 8万って言っただろうが! なんでたったの3万なんだよ!」
「たったのって……。正広、あなた3万円を稼ぐのが、どれだけ大変かわかってるの?」
「うるせぁババァ! いいから8万よこせよ!」
「そんな大金、何に使うのよ?」
「よ、予備校に通うんだよ!」
「嘘おっしゃい。去年もそんなこと言って、予備校になんか行ってなかったじゃない」
どうしてそれを……。
母さんに話した覚えはないのに。
「う、うるせぇ、うるせぇ! いいから早く金よこせよ!」
「はぁ……少し落ち着きなさい。いまコーヒーを入れてあげるから」
やれやれとばかりに、そういって、母さんはカップをテーブルに置き、立ち上がった。
このとき俺は悟っていた。
こんな風にため息を吐く母さんは、意地でも考えを変えない。
たとえどんなに殴られようともだ。
つまり、8万円が手に入らないことは決定事項となった。
だが俺にも引けない理由があった。
今考えるとお笑い草だが、そのときは人生がかかっていると思い込んでいたのだ。
ただの一女子高生である、雨宮麗華との初体験ごときにだ。
それを妨害する母さんが憎かった。
憎くて憎くて仕方なかった。
俺は怒りに任せて、テーブルのカップを乱暴に掴んだ。