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第34話 『卒業』

「おかえりなさい。ずいぶんと早いおかえりね。あら? 鞄はどうしたのかしら?」

「……ただいま。鞄は捨ててきた。もう必要ないからな。学校は退学になったよ」

「そう。それは残念だったわね。せっかく推薦も決まっていたのに」


 ――はぁ!?


 瞬間、俺の頭へ血が昇った。


「何を人事みたいに言ってやがんだ! 全部テメェの仕業だろうが!」

「あら、心外ね。その根拠は何かしら? もしかして私の自白を誘ってるの? もしそうだとしたら、随分と横着だこと。人を糾弾するなら、ちゃんと自分で証拠を集めてからになさい」

「テメェ……」


 母さんに詰め寄ろうとすると、キッチンから誰かが現れた。


「瑛子さんの言う通りだな。横着はダメだぞ、坊主?」


 腕を組んでニヤニヤと俺を見つめる男は、二度も俺を半殺しにした男だった。


「山﨑……さん。どうしてここに?」

「お祝いに来たんだよ。今日は坊主の誕生日だろ? 18才だってな。もう立派な大人ってわけだ。年齢と図体だけはな」

「あら、どうしたの、正弘? 苦虫を噛み潰したような顔じゃない? もしかして、何か当てでも外れたのかしら?」


 母さんの言う通り、当てが外れていた。

 俺は母さんを殴ろうと思っていた。


 事件の黒幕は母さんだ。

 圭介の家に恩を売り、圭介をスパイに仕立て上げたのも母さんだ。

 確かに証拠はない。

 そんなもの、母さんが残すはずがなかった。

 だが俺はすべての元凶が母さんだと確信していた。


 俺の人生は、今日で終わりを迎えた。

 散々苦労して手に入れた推薦は取り消しとなり、高校は退学。

 つまり俺は、高校中退の底辺となったのだ。


 もう失うものはなにもない。

 生きる希望もない。

 だから、すべての元凶である母さんを殴るつもりだった。

 殺してもかまわないほど、怒りに任せて殴るつもりだったのだ。


 だが山﨑がいては不可能だ。

 俺は母さんに手出しできない。

 山﨑が帰ったとしても同じだ。 

 怒りは重りのような絶望へと変わり、やけっぱちな感情は綺麗さっぱり消え失せた。

 まるで、赤く熱した金属を、冷や水のプールに投げ入れられたような気分だ。

 気持ちが冷め、頭が冷えてしまった。

 俺はもう母さんに手を出せないだろう。


 見事だった。

 すべて母さんのシナリオ通りってわけだ。


「さて、せっかくの誕生日なのに悪いんだけど、退学とはいえ、高校を出たあなたには、約束通り300万の慰謝料を払ってもらいます。さっそく今月からお願いね。月に6万、家賃と合わせて、11万円よ」

「毎月11万か。ハハハ。坊主も大変だなぁ。なぁに、300万って大金も月6万なら、返済まで四年ちょっとだ。大学にでも行ったつもりで、精々がんばれよ」

「大学に行ったつもりって、うふふ、山﨑くんったら、うまいこと言うのね」

「大学といえば、佐藤沙耶ちゃん、推薦が決まったそうですよ?」

「あら、おめでとう、山﨑くん」

「え? どうしてオレなんですか?」

「だって、沙耶ちゃんが大学生になったら、堂々と付き合えるでしょ?」

「ちょ、ちょっと待ってください、瑛子さん! オレと沙耶ちゃんが付き合ってるって、どうして知ってるんですか!?」

「あら、適当にカマをかけたら当たっちゃったわ」

「まったく、瑛子さんには敵わないな。でも手は出してませんよ? あくまで、オレと沙耶ちゃんは、健全な付き合いで……」

「言い訳しなくて大丈夫よ。どこかのゲス男につけられた心の傷を、ゆっくり癒してあげてちょうだい。必要なら、私も手助けさせてもらうわ」

「手助け、ですか。もしかしてですけど、沙耶ちゃんの推薦って瑛子さんが……」

「うふふ、それについてはノーコメントよ」

「ははは、本当に瑛子さんには敵わないな」


 二人は朗らかに談笑している。

 俺はずっと蚊帳の外だ。


 今日は俺の誕生日なのに……なのに、どういうことだ。

 全校生徒に(同性相手への)俺のウリ行為が写真でバラされ、

 ようやく手に入れた推薦を取り消され、

 それどころか、親友に裏切られ、退学になったのだ。


 よりによって誕生日に……いや、誕生日だからこそなのか。

 すべては、この日のために仕組まれていたとしたら……。


 元カノの雨宮麗華のことも。

 担任の佐竹竜二のことも。

 親友の辻圭介のことも。

 

 ゾッとした。

 すべて母さんの思惑通り……、

 ……いや、全部じゃない。

 


 ――佐藤のことは……佐藤沙耶のことだけは、完全に俺の自業自得だったな。


 俺を最も憎んでいるであろうクラスメイト――その顔を思い浮かべた。 

 少なくとも佐藤の件だけは、母さんも俺の行動を予想できなかっただろう。

 唯一母さんを出し抜いたのが、最低な恥ずべき行為だったなんてな。

 なんて皮肉で情けない話だ。

 ……あれ?

 そういえば、俺は……。


 ――結局、佐藤に謝り損ねてしまったのか?


 よくよく考えると、俺は佐藤に、謝罪らしい謝罪をしていない。

 いつか謝ろうと思っていたのにな。

 佐藤に謝罪できなかったこと――これが、思い出したくもないクソみたいな高校生活で、唯一の心残りとなった。



 ∮



 服のまま風呂に浸かり、俺はその時のことを思い出していた。


 ククク。

 この日のことは、よく覚えている。

 なんたって、俺の生涯で2番目に酷ぇ誕生日だったからな。


 そう。

 2番目だ。

 驚くことに、これより最悪な誕生日が存在する。

 そいつを経験すると、この日の不幸なんて、軽いものだ。

 ちょっとしたトラブルってレベルだな。

 時が経って、『あんときは最悪だったよな、いやマジで』と酒を飲みながら笑い話にできる程度だ。

 つまり、所詮は〝未来のある〟不幸話ってこと。

 本当の不幸ってのはな、ないんだよ。

 未来なんてもんは存在しない。

 そこで終わりの行き止まり、言葉通りのデッドエンドなんだ。


 ん?

 最悪な誕生日のことを知りたいって?

 まぁ、そう慌てるなよ。

 これまで順番に話をしてきたんだ。

 最後までキチンとさせてくれよ。

 いや、最後だからこそ、かな。


 なんたって、その最悪な誕生日ってやつは……まぁいい。

 じきにわかることだ。

 話を続けるぞ?

 高校を退学になってからだったな。

後書き)


これで第2章は終わりです。

思ったより多くの方が読んでくれていることに、チョッコシ驚いています。

の割には、ブクマが増えないことに、チョッコシ落胆しております。

では引き続き、正弘くんの受難を応援よろしくお願いします。

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