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第33話 『誕生日(18才)』

 春休みの最終日。

 複数回の屈辱的な行為の代償として、俺は30万の現金を得ていた。



「これで授業料を払ってくれ……」


 銀行から下ろした8万円と合わせて、38万の金を母さんに手渡した。


「自分でやんなさい、と言いたいところだけど、それくらいはしてあげてもいいわね。了解したわ」

「……言うことはそれだけか?」

「どういう意味かしら?」

「俺がどうやって金を作ったのか、聞かないのか?」

「早苗に電話したんでしょ? なら聞かなくても大体のことはわかるわよ」

「知ってたのか? 俺がどんな目に遭うか知ってて、俺にあの女を紹介したのか?」

「どうかしら。でも、これでわかったんじゃない? 好きでもない男に好き勝手されることが、どんなに最低な気分か」

「テメェ、それでも母親かよ」

「もちろん違うわ。話はそれだけかしら?」

「……地獄に堕ちろ、クソババァ」

「After you。まずは、あなたからどうぞ? 私はその後、ゆっくりお邪魔するわ」



 ∮



 三年になり、クラスが決まった。

 俺は三年一組だ。

 元カノの雨宮麗華、元いじめっ子の古波蔵和道、そしてバイト先の娘である佐藤沙耶が同じクラスなのは作為的なものを感じた。

 担任は当然のように、俺を目の敵にする暴力教師の佐竹竜二だった。

 親友である辻圭介も同じクラスだ。


 どうでもよかった。

 クラスメイトが俺をハブろうが、どうでもいい。

 担任の佐竹が難癖つけて俺を殴ろうが、どうでもいい。

 古波蔵と雨宮が俺の前でイチャイチャしようが、どうでもいい。

 佐藤沙耶が毎日俺をパシリに使おうが、金をたかろうが、どうでもよかった。


 俺は勉学に励んだ。

 バイトに勤しんだ。


 明るい未来のために。

 暗い過去と決別するために。


 その甲斐あって、7月になると俺の推薦が決まった。

 特別奨学金の受給も、ほぼ決定した。


 ついにやった!

 ざまぁみやがれ!


 俺は叫びそうになった。

 だが何も言わなかった。

 俺を妬む奴らを刺激したくはない。

 あと半年我慢して、出席日数さえ確保すれば、こいつらとは卒業式までオサラバだ。

 せいぜい受験勉強に苦しむがいいさ。

 勝ったのは俺だ。

 最後に笑うのは俺なんだ。


 俺は内心でほくそ笑みながら、影を潜め続けた。


 そして時は過ぎ、二学期になった。

 夏休みに掛け持ちでやったバイトのおかげで、後期分の授業料38万円は、なんとか用意できた。

 あくまで普通のバイトだ。

 岡崎早苗の世話にはなっていない。

 もうあんな思いはこりごりだ。

 あんな屈辱的な思いは……。


 俺はすぐに金を振り込んだ。

 今回は母さんに任せない。

 最後の最後で、何をされるかわかったもんじゃないからな。


 振り込みが完了すると、俺はホッと胸を撫で下ろした。

 あとは適当に授業に出て、出席日数を確保すればいい。

 来年の春には、晴れて有名大学の新入生だ。


 そして9月9日。


 俺は十八の誕生日を迎えた。

 母さんからのお祝いの言葉やプレゼントは、当然無かった。

 そんなもの期待しちゃいない。

 そうさ。

 どうでもいいことだ。


 俺は普通に登校した。

 もしかしたら、親友の辻圭介だけは祝ってくれるかもしれないな。


 教室のある二階へ上がると、掲示板前に、かなりの人だかりができていた。


 何か重大な告知がされているのか?

 まぁ、イベントごとに縁のない俺には関係のない話だ。


 俺は教室へ入り、今日の分の教科書を机の中に入れた。

 だが、どうも様子がおかしい。

 皆が俺の顔をジロジロと見つめるのだ。

 いつものように見下すような眼差しではない。

 恐れるような、汚らしいものを見るような、そんな目つきだ。

 なんなんだ、いったい。


 不気味に思っていると、大きな声がした。


「おい、正弘!」


 辻圭介だ。

 まっすぐに俺の席へ駆け寄ってくる。

 この慌てようは、只事ではない。


「どうしたんだよ?」

「大変なことになってるぞ! これを見ろ!」


 圭介は一枚の紙を俺に手渡した。


 ――これは……。


 それを見た瞬間、ガタッと椅子が倒れるほどの勢いで立ち上がった。

 そのまま、よろよろと後ろに下がる。

 椅子も、後ろの机も倒しながら後退りした。


「お、おい、正宏!」


 やがてロッカーに背中が当たると、へたへたと座り込んだ。

 足に力が入らない。


 ――なぜだ……。

 ――いったいどうして……。


 信じられない気持ちで、手に持った紙を凝視した。


 ――これは本当に現実なのか?


 息が苦しい。

 心臓が破裂しそうだ。


 手にある紙――それは写真をプリントアウトしたものだった。

 写真の中、裸の俺がオッサンに蹂躙されていた。

 オッサンの顔は見切れているが、俺の顔は鮮明に写っている。

 プリントには、手書きの文字が一言添えてあった。


『サプラーイズ!』


 視界が霞む。

 意識が薄れていく。


「それが学校の全部の掲示板に貼ってあるんだ! これって合成だよな!? そうだよな!? そうだって言ってくれよ、正宏! お、おい、正宏! しっかりしろ! 正弘っ!」



 ∮



 俺が目覚めたのは、白いカーテンに仕切られたベッドの上だった。

 それから俺は生徒指導室に連行された。

 ボーッとする頭の中に、学年主任の言葉が響いた。


「あえて真偽を問うことはしない。だが、これだけの騒ぎになると、学校側としても、そのままってわけにはいかないんだ。君は1週間の停学処分とする。残念だが、大学の推薦も取り消しせざるを得ない」


 ちょうど昼休みだったので、俺は教室に戻り、教科書をカバンに詰めた。

 クラスメイトが遠巻きに何やら話していたが、よくわからない。

 興味がない。

 どうだっていい。

 フラフラと教室を出て、廊下を歩いていると、肩をつかまれた。


「おい、正宏、お前……大丈夫か?」


 俺はゆっくり振り返り、親友の顔を見つめた。

 こんな俺を気遣ってくれる優しい親友の顔だった。

 俺は驚きを通り越して、呆れてしまった。

 よくこんな顔ができるもんだ。


「大丈夫か、だって? は……ははは。お前が、それを言うのかよ」

「は? おれは、お前を心配して……」


 圭介は心底心配そうに俺を見つめる。

 マジかよ。

 こいつがこんなに演技が上手いなんてな。


「なぁ圭介。お前言ったよな? 『写真が全部の掲示板に貼ってある』って」

「そ、それがどうし……」


 とたんに圭介の顔が青ざめる。

 ったく。

 詰めの甘いところは昔から変わらないな。


「気付いたみたいだな。お前はどうして〝全部の掲示板に写真が貼ってあること〟を知ってるんだ? おっと、掲示板を全部見て回ったなんて言うなよ? どうした? 言えないのか? 言い辛いなら俺が言ってやろう。それはお前が犯人だからだ」

「…………」


 圭介は無言。

 何も言えるわけないよな。


「なぁ、圭介。どうしてだ? どうして、こんなことをしたんだ? 俺たちは親友じゃなかったのかよ?」

「仕方なかったんだ……。親父の工場に、いい仕事を回してくれてるって……。だから、お前と親友の振りを続けろって……」

「はぁ? 親友の振りってなんだよ!? 誰だよ! 誰にそんなこと頼まれたんだ!」

「知らねぇよ! おれは親父に土下座されたんだ! 突然現れた男からそうやって頼まれたって! 今日のことだって、親父にクソみたいなプリントを渡されて指示されたんだ! クソッ! 親父が誰に頼まれたかなんて知らねぇよ! どうせお前が恨みを買った誰かだろ! そんなの全部、お前の自業自得じゃねぇか!」


 その言葉を聞いた瞬間、圭介の胸ぐらを掴んでいた。

 俺の目から、ボロボロと涙がこぼれ落ちる。


「俺は……俺はお前のことを、親友だと思ってたんだぞ!」

「勝手に思ってろ、ホモ野郎。おれはそんなこと……」


 俺は圭介を殴った。


 ――黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れっ!!


 全力で殴った。


 ――頼む……頼むから、これ以上、俺を傷つけないでくれ……。


「きゃぁぁぁっ! だ、誰か先生を呼んでぇ!」


 周囲から悲鳴が聞こえている。

 だが関係ない。

 どうなろうと知ったことか。

 俺は担任の佐竹に引き剥がされるまで殴り続けた。

 ずっとずっと、親友だと信じていた男の顔を……。

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