第3話 『クズ男、高校へ入る』
おっと、また脱線してしまったな。
話を戻そう。
反抗的で暴力的な俺を、母さんは見捨てなかった。
驚くべきことだ。
俺みたいなクソガキなんて、俺が親ならとっくに見捨てている。
これが母親の愛ってやつなのだろうな。
俺には理解できない。
中学校の三年間、月謝が高いと有名な塾にも行かせてくれた。
三年時の夏期講習や年末講習などの数十万って費用も、惜しみなく出してくれた。
まぁ、そのうちの一部は俺の小遣いになったわけだが。
このように、母さんは親としての努めを立派にはたしていたのだ。
くそ。
どうしてあの当時、俺は母さんに感謝できなかっただろうか。
いや。
これはただの言い訳だ。
俺の行動は、俺の判断の結果だ。
責任はすべて俺にある。
そうして、俺は無事に高校へ進学することができた。
県内でトップクラスの私立高校だ。
それもこれも母さんのお陰だ。
当時の俺は、決してそのことを認めなかったがな。
高校に入った俺は正に絶好調だった。
成績はトップクラス。
180cmを超える大きな体の恩恵なのか、スポーツも万能。
高校一年の夏休みには、彼女もできた。
学年一……いや、学校一の美少女と言われていた〝雨宮麗華〟だ。
思えばこのときが俺の人生で最高潮だったな。
世界は俺を中心に回ってるなんて思ってた。
今考えると恥ずかしくて死にそうだ。
死にそうか……。
くくく……今の俺には笑える言葉だ。
部活には入らなかった。
先輩に偉そうにされたくないからだ。
数年早く生まれただけのガキに命令されるなんてまっぴらだった。
まぁ勉強が忙しかったってのもある。
部活に入らないって判断は賢明だった。
なぜなら、前述したかわいい彼女と、長い時間を過ごすことができたのだからな。
俺はいわゆる優等生のリア充だった。
スクールカーストは最上位。
周りは皆イケてる奴らばかりだ。
教師の受けもよかった。
なぜか俺は教師から特別可愛がられていた。
一年時の担任になった男は、それが顕著だった。
俺は異常なほどに、特別扱いされたのだ。
その教師の名は〝佐竹竜二〟
今時珍しい絶滅危惧種である体罰教師だ。
なにやら、教育委員会のお偉いさんに親戚がいるらしい。
多少の暴力行為をもみ消せるほどの権力持ちってわけだ。
当然、生徒から恐れられている。
なのに俺はそいつのことを〝佐竹っち〟と呼んでいた。
そう呼ぶのは学内で俺だけだ。
そんな俺を友達連中は、尊敬の眼差しで見ていたものだ。
どうして、そんなことができるのかって?
なぜなら俺がイケてる男で、成績優秀だから。
馬鹿な俺は、特別扱いの理由を、そう解釈していた。
本当におめでたいな。
俺より優秀な奴が、誰一人として特別扱いされていない事実を無視して。
その理由を考えようともしなかったんだからな。
しかし、優等生ってのは思いの外、退屈なものだ。
常にいい子ちゃんでいるのはストレスが溜まる。
だから俺は見つけた。
ストレスを解消する方法を。
そいつの名前は〝佐藤沙耶〟。
少しぽっちゃりした、眼鏡のオタク女子だ。
親は飲食店を営んでいるらしい。
いつも一人で教室の隅にいる女だった。
暇さえあれば小説を読んで、ニヤニヤしていたな。
この佐藤沙耶が俺のストレス発散相手だった。
移動教室でハブるのは当たり前。
すれ違うたびに、俺は佐藤に囁いた、
「うわっ。今日もブスだな」
「くせぇと思ったら佐藤豚かよ」
「知ってるか? みんなお前のことが嫌いだってよ?」
そんなこと、本当に思っていたわけじゃない。
眼鏡の奥を見ると、整った顔をしているのがわかる。
美人と言っていいほどだ。
だが、ずっと言われ続けると、そう思いこむようになる。
俺自身が小学校6年のときに経験済みだ。
それを踏まえた上での、ちょっとした実験みたいなものだ。
どうして佐藤沙耶だったんだろうな……。
そうだな。
たぶん可愛い子がよかったんだと思う。
イジメるにしても、ブスと関わりたくなかったんだ。
うん。
多分その通りだ。
なにせ俺は、生粋のクズだからな。
俺の地道な努力は、数ヶ月で功を奏した。
佐藤沙耶の笑顔は消え去った。
休み時間に本を読まなくなった。
ずっと机に突っ伏すようになった。
だからといって、俺は手を緩めたりしない。
暇さえ見つければ、俺は佐藤をいじり続けた。
特に弁当に虫をいれたときの反応は、しばらくの間、語りぐさになるほどだった。
佐藤のお陰で、俺の高校生活はより豊かなものになった。
幸福なことに、佐藤と俺は三年までずっと同じクラスだった。
佐藤にとっては地獄だっただろう。
その関係は、ある時期を境に逆転することになるのだがな。