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第27話 『二度目の恋』

「テメェ、どういうつもりだ?」


 俺はドスの利いた声で凄んだ。

 佐藤沙耶は震えながらも俺を見つめている。

 いつもなら下を向いているのに……。

 今の佐藤は、なにか変だ。


 そして佐藤は、意を決したように口を開いた。


「嫌なの! 大倉くんに触れられるのも、無理矢理キスされるのも、ずっとずっと嫌だった! これ以上、わたしに触らないで!」


 はぁ? 

 触られるのが嫌だって?

 キスが無理矢理だって?

 こいつは何を言ってるんだ?

 まったく意味がわからない。


「訳わかんねぇこと言ってねぇで、こっちに来い!」


 佐藤の腕を強引に掴み、路地の奥へ引きずった。


「きゃっ!」


 いつもとは違い、佐藤は身を捩って抵抗した。構わず俺は、力づくで壁に押し付け、いつもやってるように胸を弄った

 ここまでやれば、いつも通り従順になるだろう。


「いや! やめて、大倉くん!」


 しかし佐藤の異変は、まだ続いていた。

 どういうことだ?

 と、そのとき俺は、ようやくピンと来た。

 そうか。

 なるほど。

 そういうことか。

 つまり、今の佐藤は、無理やりに乱暴される女の子の役ってわけだ。

 確かにな。

 このシチュエーションは最高だ。

 現に、今の俺は、股間を触ってもいないのに、果ててしまいそうになっている。

 空気の読める俺は、佐藤の芝居に乗ることにした。


「うるせぁな。いいから黙ってろ」


 俺は無理やり佐藤へキスをした。

 気分は、まるで強姦魔だ。

 俺の興奮はますます高まる。

 だが、佐藤が力一杯口を閉じているからか、全然キスをしている感じじゃなかった。


 おいおい。

 ここまで徹底することはねぇだろ。

 ったくよ。


 それでも強引にキスを続ける俺を、なんと佐藤が突き飛ばした。


「もう、やめて、大倉くん! これ以上続けるなら、警察に通報するわ!」


 すごい演技だった。

 まさに迫真ってやつだ。

 俺も負けてはいられない。


「警察? ハッ! 呼べるものなら呼んでみろ!」

「警察は必要ない。オレが来たからな」


 突然後ろから声がした。

 振り返ると、左頬にものすごい衝撃を感じた。

 ガシャァッ!

 俺は吹っ飛び、ゴミ箱に突っ込んだ。


「遅くなって、すまん。大丈夫か、佐藤さん?」

「山﨑さん、山﨑さんっ! うわぁぁぁぁん!」

「よしよし。怖かっただろ……」


 信じられない光景だった。

 俺の奴隷である佐藤沙耶が、俺の敵である山﨑真也の胸で泣いているのだ。

 そして、佐藤の頭を、山﨑が優しく撫でている、だと!?


 ふざけんな!

 それは俺の役だ!


 俺は山﨑へ飛びかかった。


「俺の佐藤に触るんじゃねぇぇぇぇっ!」


 気がつくと、俺は地面に転がっていた。

 何が起きた?

 痛っ!

 鼻に激痛を感じ、手を当てる。

 なんだこれは……。

 俺の鼻からは、信じられない量の鼻血が噴き出ていた。


「俺の? 俺のってなんだ? お前、もしかして佐藤さんに惚れてんのか?」


 山﨑は膝を上げていた。

 つまり俺は山﨑の膝蹴りを食らっていたのか。


「あ、あんたには関係ないだろ!」

「女の子にいたずらしてた奴に『関係ない』と言われてもな」


 いたずらって言葉に、俺はカッとなった。


「いたずらだと!? ふざけんな! さっきのは合意の上だ! そういうプレイだったんだよ!」

「あれが合意だって? そうなのか、佐藤さん?」


 山﨑が後ろを振り返る。

 佐藤沙耶はフルフルと首を横に振った。


「違います……。大倉くんが、力づくでわたしを……」

「だ、そうだが」


 我が耳を疑った。

 佐藤は何を言ってるんだ。


「お、おい、冗談が過ぎるぞ、佐藤! だって俺たちは付き合ってるだろ!?」

「そうなのか、佐藤さん?」


 主人と奴隷という歪な関係とはいえ、俺たちは付き合っている。

 少なくとも他人なんかじゃない。

 俺と佐藤にしかわからない絆が、俺たちの間にはあるんだ。


 だが佐藤は、またしても首を横に振った。

 今度はさっきより力強く、ブンブンと。


「違います! 大人しくしないと殴るって言われて……それでいつも体が固まってしまって……。嫌でした! わたしは、ずっとずっと嫌でした!」

「だ、そうだが。坊主、頭大丈夫か?」


 はぁ?

 今までそんなこと、一言もいわなかっただろうが!

 底辺の奴隷ごときが、ご主人様に逆らいやがって!


「ふざけんな、佐藤! テメェ、いい加減にしろ! 底辺のくせしやがって、生意気に逆らってんじゃねぇよ!」

「……大丈夫じゃねぇな。お前、かなりヤベェ奴じゃねぇか。――よし、このくらいでいいだろ。佐藤さん、録音を止めてくれ」

「はい」


 は?

 ろくおん?

 ろくおんってなんだ?

 その疑問の答えはすぐに判明する。

 佐藤が上着のポケットから取り出したのは、小型のICレコーダーだった。

 つまり、俺と佐藤のやりとりは、ずっと〝録音〟されていたのだ。


 それを見た瞬間、俺は全てを悟った。

 またしても俺は嵌められたのだ。


「止めました。これ……ありがとうございました」


 佐藤がレコーダーを山﨑へ渡す。


「うん。よくやった、佐藤さん。君は家に帰るといい。これからオレは、こいつにお仕置きをしなくちゃならん」

「あの……山﨑さん」

「ん?」

「その……見ててもいいですか?」

「こいつを痛めつけるのを、ってことかい?」


 佐藤沙耶がコクンと頷く。

 そして、じっと俺を見つめた。

 その目を俺は知っている。

 まるでゴミを見るような、ってやつだ。


 それは、いつぞやの母さんのようだった。

 それは、いつぞやの雨宮麗華のようだった。


 ああ、そうか。

 なるほどな。

 嫌われてたってのは、本当のことだったのか。

 つまり俺は、とんだ勘違いの変態野郎だったってわけだ。


「よし、わかった。見るのが怖くなったら、目を閉じるといい。――さて、坊主。お前のやったことは、ちーとばかし洒落にならん。なので、今日のお仕置きは長くて痛いから、覚悟しろ」

「ひっ……や、やめ……がはっ!」


 まずは挨拶とばかりに、みぞおちへ蹴りを入れられた。

 地獄の始まりだ。

 それから俺は信じられないほどの暴力を受けた。

 殴られ、蹴られ、踏みつけられた。

 なんども、なんども、なんども、なんども……。

 嘔吐して、嘔吐して、胃液しか出なくなっても吐き続けた。


 その一部始終を、佐藤沙耶は見つめていた。

 心の底からの笑みを、愛らしい顔に浮かべて。


 こんなに嬉しそうな佐藤を見るのは初めてだった。

 こんなに楽しそうな佐藤を見るのは初めてだった。


 そんな佐藤のことを、殴られ、蹴られながら、俺は綺麗だと思った。


「ふぅ……今日はここまでだな。さて、坊主。わかってると思うが、警察にチクるんじゃねぇぞ? もしチクりやがったら、お前は脅迫と傷害と婦女暴行の容疑で塀の向こう側だ。わかったか?」


 とどめとばかりに、俺の腹へ、山﨑のつま先がめり込んだ。


「ガハッ……わ、わかり……ました……」


 お仕置きという名のリンチが始まって小一時間。

 ようやく地獄の時は終わりを迎えた。


「さて、佐藤さんは、こいつに何か言うことがあるかい?」

「はい。あります」


 佐藤は仰向けに倒れた俺の顔の側に来ると、これ以上ないくらい冷徹な目で見下ろした。


「大倉くん。わたしはあなたが嫌いです。一年の時から、ずっとずっと大嫌いだったわ。――ペっ!」


 俺の顔に熱い何かが落ちてきた。

 佐藤が俺の顔に唾を吐いた――そう気づいたのは、少し経ってからだった。


 そして俺は路地裏に、一人取り残された。


 遠くから聞こえるカラオケの音。

 大声で叫ぶ酔っぱらい達。

 街は、いつも通りの喧騒だ。

 キラキラとネオンの輝く表通りを、沢山の人が行き交っているのだろう。

 だけど俺は、裏通りの闇の中、一人ぼっち、アスファルトの上で寝転がっていた。


 仰向けの顔に涙が流れる。

 ああ、そうか。

 そうだったんだな。

 こうなって初めて気づいたよ。

 俺は佐藤沙耶が好きだった。

 大好きだったんだな……。


 俺はポケットから、あるものを取り出した。

 いつか佐藤のロッカーから盗んだハンカチだ。

 ずっと俺の宝物だった。

 そのハンカチで佐藤の唾と自分の涙を拭う。

 そして匂いを嗅いだ。

 今朝までは確かにあった佐藤沙耶の匂いが、なぜか少しも感じられなかった。


 ただの布切れになった物を、俺は遠くへ投げ捨てた。


「は、ははは……気持ち悪いなぁ、俺……」


 こうして俺の二度目の恋は、恋という形をなさないまま、激しく終わりを迎えた。

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