第26話 『反発』
「……お客さま、お一人でしょうか?」
俺は震える声で接客した。
「オレが二人に見えるなら、眼科か精神科に行ったほうがいいな」
「し、失礼しました! カウンター席へご案内します」
山﨑は俺の案内でカウンターの一番奥の席へ座った。
クソが。
どうせ低学歴のヤカラの分際で偉そうにしやがって。
こいつの馬鹿にした物言いには腹が立った。
だが今はバイト中だ。
そしてこいつは客なのだ。
下手に出ているのは、仕事中だからだ。
こいつにビビってるからじゃない。
俺はそう自分へ言い聞かせた。
「ご注文が決まりましたら、お声かけ下さい……」
俺はそそくさと山﨑から離れていった。
その様子を佐藤沙耶が不思議そうに見ていた。
俺は佐藤の側に行き、腕を掴んだ。
佐藤は、ビクッと大きく体を震わせる。
相変わらずビビりな女だ。
まあそんなところも、俺の好みに……。
などと考えていると、背筋がゾクっとした。
ただならぬ気配を感じ、後ろを見ると、山﨑が、じっと俺たちを見つめていた。
俺は佐藤沙耶の耳元に顔を近づけ、囁いた。
「あいつは危ないやつなんだ。絶対に近づくなよ? いいな? わかったか?」
俺の心からの警告に、佐藤沙耶は怯えた目を向けるのみ。
相変わらず何考えてるかわからないやつだ。
すると、山﨑からお呼びがかかった。
「おい! 注文頼む! そこの姉さん!」
ホールには俺と佐藤沙耶しかいない。
つまり山﨑は佐藤をご指名なのだ。
「はい、ただいま!」
佐藤沙耶は俺の方を見向きもせずに、山﨑の元へ出向いた。
俺の忠告を無視しやがって。
後で覚えてろよ。
すると、山﨑が佐藤沙耶に、親しげに話を始めた。
やきもきするも、話はなかなか終わらない。
最初は警戒していた佐藤も、次第に表情がほぐれ、しまいには笑顔まで見せる始末だ。
俺にもあんな顔見せたことないくせに。
よくわからない感情が胸に湧き上がる。
その激情は、俺の心を燃やし尽くしてしまうかに思えた。
「おい、兄ちゃん! 生のおかわり!」
別のテーブルからお声がかかった。
佐藤は……まだ山﨑と話をしている。
クソ。
何を話してるんだ。
だが他の客を放っておくわけにはいかない。
「はい、ただいま!」
俺は佐藤達に背を向けて、仕事に戻った。
カウンターの中にあるサーバーでビールを入れている間も、佐藤達は楽しそうに話をしている。
笑いながら話す山﨑真也は、いつぞやに見せた凶暴さのカケラもない。
ごくごく普通の、気のいい兄ちゃんに見えた。
ようやく山﨑に解放された佐藤へ、俺は近づいた。
「奴と何を話してたんだ?」
「……別に」
佐藤の態度は、なぜかそっけない。
短い言葉だが、妙に反抗的に感じたのは気のせいか。
結局、山﨑が頼んだのは、生ビールを二杯、枝豆一皿だけだった。
ビールも枝豆も、山﨑に運んだのは佐藤だった。
山﨑が佐藤を指名したのだ。
席へ行くたびに二人は笑顔で談笑した。
クソッ。
二人して俺をイラつかせやがる。
そして小一時間後。
「ごちそうさま、また来るよ」
店を出ると、山﨑は、愛想のいい満面の笑みを佐藤に向けた。
結局、俺とは(最初以外)最後まで話をしなかった。
いったいなにしに来たんだ、こいつは。
「ありがとうございました!」
佐藤が元気いっぱいの挨拶を返した。
「あーした……」
俺は山﨑の方を見向きもせずに、気の無い挨拶をした。
二度と来るな、と、山﨑に聞こえないように呟いた。
山﨑がいなくなると、すぐに俺は佐藤を問い詰めようとした。
奴と話をするなって命令に、どうして反いたのか、納得できる説明をしてもらおう。
だが、その答えは聞けなかった。
佐藤は、トイレへ行くといったきり、戻ってこなかったのだ。
おかげで遅番のバイトが来るまで、ホールは俺一人で回すことになってしまった。
そして忙しいままバイト終了の22時になり、更衣室へ入った俺は、すぐさま佐藤に怒りのRINEをした。
『おい! どうしてホールに戻ってこなかったんだよ!』
返事はすぐに来た。
『少し具合が悪くなったんです。お父さんには許可を貰ってます』
『はぁ!? おかげでクソ忙しかったんだぞ! まあいい。いつもの場所に来い。すぐにだぞ?』
それに対する返事はなかった。
着替え終えた俺は、店裏のいつもの場所に立っていた。
5分ほどすると、佐藤沙耶が現れた。
制服姿ではなかった。
ジーンズに薄手のハーフコート。
靴は見たこともないスニーカーを履いていた。
私服姿の佐藤沙耶を見るのは初めてだ。
俺は妙に興奮してしまった。
「遅ぇんだよ、ブス! 早くこっちに来い!」
俺は佐藤の手を掴み、奥へ連れて行こうとした。
命令に反いた分、たっぷりお仕置きをしてやらなきゃな。
俺の股間は、すでにはち切れそうなほど膨らんでいる。
「やめて、大倉くん!」
大きな声を上げて、佐藤が俺の手を振り払った。
予想外の反応に、俺は硬直した。
――この俺に、佐藤が逆らっただと?




