第24話 『クソみたいなプライド』
10月下旬のある日。
登校前の俺は、いつものように顔を洗っていた。
タオルで顔を拭き、顔を上げると、
「うわっ!」
俺は飛び上がった。
鏡の中――俺のすぐ後ろに母さんが立っていたのだ。
「びっくりするじゃねぇか!」
「あら、ごめんなさいね」
母さんは口先だけの謝罪をした。
「……なんか用でもあんのか?」
「用ってほどではないけど、来月からの家賃は大丈夫かしら?」
数週間ぶりに口を利いたかと思えば、金のことかよ。
だが、この質問は想定内だ。
「ハッ、たかが5万だろ? なんなら今払ってやるよ」
「払えるならそれでいいのよ。家賃は該当月の月末に徴収します。銀行振込なら〝〇ガツブンヤチン〟と記載してちょうだいね。現金で手渡しをするなら、領収書を渡すわ。はい、これが私の銀行口座よ」
母さんは銀行口座などを書いたメモを手渡した。
相変わらず綺麗な字だな。
「用はそれだけか?」
「あら、ご不満かしら? それじゃ、少し世間話でもしましょうか?」
「ふん、いまさら母親面したいってか」
「冗談でしょ。あくまで同居人としてよ」
「ケッ。じゃあ、天気の話でもするか?」
「天気の話もいいけど、最近、あなた、妙に楽しそうね?」
「おかげさまでな。テメェは俺を追い詰めてぇんだろうが、お生憎だったな。バイトに高校生活に、毎日充実した日々を過ごしてるよ」
「ふーん。ご機嫌なのは、お昼を用意しなくなったことと、なにか関係があるのかと思ったわ」
「そ、それとこれとは関係ねぇよ!」
「あっそ。ところで、あなた、平日は、どこでバイトしてるの?」
「はぁ!? テメェに教えるわけねぇだろ!」
「あら、どうしてかしら?」
「どうせまた何かする気だろ!?」
「ふふふ、ずいぶん嫌われたものね。でも安心して頂戴。私はそんなに暇じゃないの」
「ぬかせ、クソババァ」
「ま、いいわ。せいぜいクビにならないように、がんばりなさいな」
そう言い残すと、母さんは洗面所から出ていった。
ドッと疲れた。
なんなんだ、いったい。
俺は手に持ったメモを握りつぶして、ゴミ箱に捨てようとした。
が、思いとどまって、財布の中にしまった。
家賃支払い時に顔を合わせたくないってときは、このメモが必要だからな。
そう思いながら、俺の顔は少し緩んでいた。
母さんから何か受け取ったのは、久しぶりだった。
俺はうれしかったんだ。
もらったものが、紙切れだったとしても。
今にして思えば、ずっと俺は、心の底で母さんのことを想ってたんだ。
なのに、素直に気持ちを伝えることができなかった。
クソみたいなプライドのせいで。
でも、信じていた。
いつか母さんに、わかってもらえるものだってな。
言葉にしなきゃ伝わるわけないのに、本当にバカだよ、俺ってやつは。




