第23話 『弁当』
『ロッカーにお弁当を入れてます。お父さんからです』
10月中旬の朝、登校中の俺の携帯にRINEが入った。
送信者は佐藤沙耶だった。
教室へ入り、自分のロッカーを開けると、確かに弁当箱が入っている。
「マジかよ」
思わず声に出してしまった。
最高にありがたかった。
店長の作る料理はどれも美味しい。
佐藤沙耶の弁当を、俺はずっと羨ましいと思っていた。
今日持ってきたパンは、明日の昼飯にしよう。
これで昼食代が300円浮いたことになる。
いや、待てよ。
もしかして、今日だけじゃないのか?
これから毎日弁当をもらえるのだとしたら……。
その日の俺は、昼休みが待ち遠しくてたまらなかった。
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「お、今日は弁当か。ようやく母親と仲直りしたんだな」
辻圭介が俺の弁当を見て嬉しそうに言った。
「そうかもな」
俺は言葉を濁す。
親友である圭介にはなるべく嘘をつきたくなかった。
弁当を開けると、色とりどりのおかずが目に飛び込んできた。
そのとき、岩田一平という男が俺の弁当を覗き込んだ。
陸上部に所属している岩田は、食い意地が張っており、人の弁当に(勝手に)手を付けるお調子者でもある。
上機嫌だった俺は、おかずの一つくらいなら許してやろうと思っていた。
だが岩田は、弁当に手を伸ばさなかった。
俺の前で首を傾げ始めたのだ。
「この弁当って……」
そう言うと、岩田は俺の前から移動した。
移動した先は、佐藤沙耶の席だった。
俺の背中に、嫌な汗が流れる。
「うん、やっぱり佐藤の弁当とそっくりだな。この唐揚げがめちゃくちゃうまそうなんだよ。でも、どうして大倉と佐藤の弁当が……」
「そ、それは……そ、そんなことより、あの、よかったら食べますか? 唐揚げ……」
「え? いいの? サンキュー! いただきまーす!」
佐藤の弁当箱からひょいと唐揚げをつまみ、岩田は口の中に放り込んだ。
「うめぇ! 思った通り最高だな! これって、お前が作ったの?」
「ええ、その……下拵えはお父さんだけど……」
そのとき、廊下から声が聞こえた。
「おい、岩田! 早く学食いかねぇとA定食売り切れちまうぞ?」
「おお! 今行く! それじゃ佐藤、唐揚げサンキューな!」
そういうと岩田は去っていった。
俺は安堵の息をこぼした。
まさに危機一髪だ。
もう少しで、俺と佐藤の関係がバレてしまうところだった。
俺が底辺女の家で雇われてるだなんて、恥以外の何者でもない。
心臓がバクバクしている。
今回はギリギリで難を逃れた。
だが明日以降はわからない。
なにかしらの対策を講じなければ。
ってか唐揚げは佐藤沙耶が作ったのかよ。
ますますバレるわけにはいかなくなったな。
愛妻弁当なんて囃し立てられたら、俺は学校に来れなくなっちまう。
弁当を食い終わり、俺は佐藤にRINEを送った。
『明日からお前は、教室で弁当を食うの禁止だ』
我ながら酷い注文だった。
すぐに返事が来た。
『そんな……じゃあ、わたしはどこで食べればいいんですか?』
『知るかよ。中庭でも校舎裏でも行けばいいだろ。それが嫌なら便所で食え』
それ以降のメッセージは来なかった。
次の日以降、朝学校へ行くと、俺のロッカーには、いつも弁当が入っていた。
そして俺の指示通り、佐藤沙耶は教室で弁当を食べなくなった。
勝手に弁当を提供してくるわ、命令には素直に従うわ。
なんて便利なペットなんだ、佐藤沙耶は。
最高だな。
俺は佐藤沙耶のことが、ますます気に入ってしまった。
忠実な奴隷には、ご褒美をあげなくてはなるまい。
それが俺の責務だ。
こいつのご主人様としてのな。




