第22話 『クズ男、バイトをする』
「大倉くん、今日の賄いは何がいい?」
22時になると、いつものように店長から聞かれた。
「じゃあ、唐揚げをお願いできますか?」
「よしきた。着替えたら取りに来な」
17才である俺は、22時までしかバイトができない。
忙しい時間に上がるのは心苦しいが仕方ない。
法律で決められているのだからな。
バイト時間は18時から22時で時給は1000円。
当初の予定である日当1万なんて夢のまた夢だった。
この居酒屋でのバイトは週4日。
つまり4000円×4日×4週で月に6万4千円になる。
さらに俺は日曜日に単発のバイトを入れている。
その日当が一万円。
仕事内容は、その日によって変わる。
大体が土木や引っ越しなどの力仕事だ。
俺がこんな仕事をするなんて思ってもみなかった。
一流大学に行って、一流企業に就職する予定の、この俺が肉体労働だなんてな。
これも母さんのせいだ。
だが、考えようによっちゃ、これも社会勉強である。
一流企業に勤めには接点のない人種――底辺な奴らと会うってのも、人生において貴重な経験だ。
おっと、なんの話だったかな。
そうそう。
収入の話だったな。
つまり単発バイトである肉体労働の賃金が月に計4万円。
居酒屋のバイト代と合わせると、月の総収入は、10万4千円となる。
ギリギリだが、これで母さんに家賃も払えるってわけだ。
しかも居酒屋での賄いがあるので、その分の食費が浮く。
うまくいけば、月に2万。
それが丸っと小遣いなるわけだ。
2万か。
さて、何に使おう。
ニタニタしながら事務所奥にある更衣室へ向かう。
その途中、佐藤沙耶がいた。
佐藤はよく店の手伝いをしていて、この時間に上がることが多い。
俺と同じ高校生だからな。
なので必然的に、こうして会うことになる。
メガネはかけていない。
仕事中の佐藤沙耶はコンタクトだ。
メガネを外して髪をアップにするだけで、全然印象が違って見える。
このまま学校へ行けば、陰キャなどと馬鹿にされることはあるまい。
なぜ学校ではメガネなのか、俺にはわからない。
メガネを外した佐藤がイケてるってのを知っているのは、クラスで俺一人だ。
そのことに関しては、妙な優越感があったな。
「お、お疲れ様です……」
オドオドと話しかける佐藤沙耶は、店の名前入りのTシャツを着ている。
黒地のシャツに白い肌が妙に艶かしい。
俺は佐藤に聞こえるように、大きな舌打ちをした。
「チッ! 馴れ馴れしく話しかけてくんな、豚女!」
ここ最近俺は、佐藤沙耶に対して、大袈裟なほどキツく当たっている。
なぜか?
佐藤に気付かれないためだ。
この俺が〝佐藤なんかに欲情してること〟をな。
だが、これは仕方のないことだった。
なぜなら、俺は学校でほとんどの女子に嫌われているからだ。
こんな状況じゃ、唯一身近な女である佐藤沙耶に欲情しても仕方ないだろ?
そうなったのは俺の元カノである雨宮麗華のせいだ。
あの女が、俺たちが別れた理由を、自分の都合のいいように吹聴したのだ。
親友である辻圭介から聞いた話によると、
『振られたくせに、自分から振ったと公言する痛い男』
『別れる時に暴言を吐くクズ男』
俺は女子からこんな風に噂されているらしい。
当たらずとも遠からずな噂を、俺は否定することができなかった。
おかげで女子から話しかけられることは、めっきり少なくなった。
彼女を作るどころではなくなってしまったわけだ。
クソッ。
雨宮麗華め。
あの浮気女のせいで散々だぜ。
それまで女なんか引くて数多だったのによ。
今じゃ底辺の佐藤沙耶くらいしか話をする女がいない。
なんと情けない状況だ。
生き恥もいいところだぜ。
ともあれ、佐藤に欲情してるって秘密は、墓まで持っていこう。
ボッチの底辺豚女を相手に、これじゃまるで片思いじゃねぇか。
成績優秀、スポーツ万能、スクールカースト最上位の俺が、いったいどうしたってんだ。
クソが。
こんなことが誰かにバレたらどうなるか。
当然、俺の評価はガタ落ちだ。
ただでさえ、雨宮麗華の件で、俺の株は暴落しているってのに。
ゆえに、俺は自分の気持ちに蓋をした。
全力でだ。
だが、無駄な抵抗だった。
日を追うごとに、俺の佐藤への気持ち――情欲は大きくなっていったのだ。
勘違いしないでほしいのだが、この気持ちはただの性欲だ。
間違っても恋や愛なんてもんじゃない。
俺が陰キャの底辺なんかに心を奪われるなんてあり得ない。
そこだけは念を押しておく。
俺は、バイト中、常連客と談笑する佐藤沙耶を盗み見ていた。
忙しく動き回る佐藤沙耶を、気がつくと目で追いかけていた。
これほどの劣情は初めてだった。
校内一の美少女である雨宮麗華と付き合っていたときでさえ、ここまでの欲望を感じたことなかった。
だから、こうやって暴言を吐く。
佐藤を罵倒することで、自分を制御し、佐藤に気づかれないようにしている。
「あの……わたしは後でいいので、先に着替えてください」
「あ? テメェごときが、俺に指示するんじゃねぇよ」
「指示なんて、そんな……」
「チッ」
俺は憎まれ口を叩いて、更衣室へ入った。
更衣室は男女兼用である。
なので、こういった場合は交代で使うことになる。
俺は自分のロッカーを開けて、高校の制服を取り出した。
着替えている途中、ふと佐藤沙耶のロッカーが目に入った。
魔が刺した。
つい佐藤のロッカーを開けてしまったのだ。
無意識の行動だった。
そこには佐藤の高校の制服が入っていた。
(佐藤沙耶が店を手伝うときは、自室へ戻らず、制服をここで着替える。どうせ汗をかくからって理由らしい)
ムワッとした。
女子特有の匂いが、俺の脳を直撃する。
頭がクラクラした。
俺の理性はノックアウト寸前だ。
俺は無意識に佐藤の制服に手を伸ばした。
スカートを手に取り、股間に当たる部分に顔を押し当てる。
臭いがした。
これは〝適齢期のメスの臭い〟だ。
俺は激しくボッキした。
思わず股間に手が伸びそうになる。
だが扉の向こうには制服の持ち主――佐藤沙耶が立っている。
こんな行為がバレたら自殺ものだ。
変態と誤解されるかもしれない。
俺は泣く泣く制服をロッカーに戻した。
そして扉を閉じようとした時、佐藤の上着のポケットに何かを見た。
ハンカチだった。
俺はそれを引っ掴み、ズボンのポケットに押し込んだ。
膨らんだ股間を鞄でうまく隠し、何食わぬ顔で更衣室を出る。
怯えた顔の佐藤沙耶と目が合った。
「お疲れ様でした……」
佐藤は、そそくさと更衣室へ入っていった。
俺は想像した。
いま佐藤沙耶は着替えている。
店の制服を脱いで、学校の制服に肌を通す。
それは俺が股間部分に顔を押し当てた制服だ。
つまり俺は、間接的に佐藤沙耶の股間へ顔を押し当てているのだ。
その妄想で、俺の股間はさらに膨張した。
パンパンに膨らんで、痛いくらいだった。
店長から賄い入りのタッパーを受け取ると、俺は急いで家へ帰った。
靴を乱暴に脱ぎ、二階の自室へ駆け込み、ポケットから戦利品を取り出した。
慌ててズボンとパンツを下ろす。
左手で持った佐藤のハンカチを顔に押し当て、深呼吸をした。
いわずもがな右手は股間の物を握っている。
最高だった。
今までにないほどの絶頂を味わった。
気がつくと俺は、3回連続で果ててしまっていた。




