第21話 『噂話』
「なぁ、麗華と別れたって本当なのか?」
昼飯を食ってると、辻圭介が聞いてきた。
ついにきたか。
噂が流れ始めたのだ。
別れ話が月曜日で、今日は木曜だ。
こんなに早く……いや、むしろ、遅いくらいかもしれない。
なにせ俺と雨宮麗華は、校内一のビックカップルだったのだから。
いつも昼休みに会いにきていた俺が来ないとなると、当然、クラスメイトの好奇心は刺激されるだろう。
雨宮麗華の口は軽くないとはいえ、周りが放っておくはずがない。
そのときに麗華がどう答えたのかはしらない。
だが俺は、圭介にこう答えた。
「ああ、俺から振ってやったよ」
これは嘘ではない。
別れ話を持ち出したのは麗華だが、最終的に振ったのは俺だ。
「振ったって……。何かあったのか?」
「浮気してやがったんだよ。古波蔵の野郎とな」
これも嘘ではない。
日曜日にあいつら二人がデートしたとき、俺たちはまだ別れていなかった。
これは浮気と言っても差し支えないだろう。
「マジかよ! 古波蔵って、二組のボンボンだろ?」
「ああ、なんでもお高いバッグを買ってもらったんだとよ」
俺は俺の知っている事実のみを伝えた。
それをどう解釈するかは、圭介の勝手だ。
案の定、10分もすると、クラス中で麗華へのバッシングが始まった。
「聞いたかよ。雨宮のやつ、正宏から別の男に乗り換えたらしいぜ?」
「金持ち男にバッグを買ってもらったって?」
「なにそれ? ただのビッチじゃん」
「大倉くん、かわいそう……」
思惑通りの展開だった。
なのに、俺の心は穏やかではなかった。
クラス中が俺と麗華の話題で騒然となっている中、ただ一人、佐藤沙耶だけが黙々と弁当を食べていた。
そして、顔を上げた佐藤と一瞬だけ目が合った。
俺にはその目が、全てを見透かしているように見えた。
まるで雨宮麗華や母さんのように。
考える間も無く、俺の頭に血が昇った。
「なに見てやがるんだ、テメェ!」
俺は佐藤に駆け寄った。
「み、見てません!」
「あ? 俺が嘘をついてるってのかよ!」
我ながら酷い難癖だった。
佐藤は俺のバイト先の娘だ。
本来ならば、この行動は悪手である。
佐藤沙耶が父親に告げ口をすれば、俺はせっかく見つけたバイトをクビになるのだから。
だが俺は知っていた。
佐藤沙耶が告げ口をしないことをだ。
父親に心配をかけたくないのか。
それとも、いじめられている自分を知られたくないのか。
理由が何にせよ、佐藤は父親にいじめのことを隠しているのは、あの日(面接の日)のやりとりでわかっている。
佐藤は俺より劣った存在だ。
その低俗なやつに、バイト先の娘ってだけでイニシアチブを取られるなんて我慢ができなかった。
だから佐藤が勘違いしないように、こうやって立場をわからせる必要がある。
「どうして……」
佐藤が震えながら言った。
「あ?」
「どうしてですか! どうしていつも、わたしに絡んでくるんですか!」
今までにない大声で、佐藤が言った。
俺に楯突いたのは初めてのことだった。
俺は面食らってしまった。
すると、クラスの誰かが言った。
「もしかして、大倉って佐藤のこと好きなんじゃね?」
それをきっかけに、大きな笑いが起こった。
「きゃはは! 好きな子に意地悪するって、小学生じゃん!」
「はっはっは! 青春かよ! 甘酸っぺぇな!」
「ふふふ。大倉くん、今フリーなんだから、問題はないよね? なら付き合っちゃえばいいじゃん」
「ヒューヒュー!」
この俺が底辺女と噂になるだなんて。
最悪だ。最悪の流れだった。
この嫌な流れを止めるには……。
「はっ! 俺がこの豚を好きってか!?」
俺は佐藤の弁当箱をつかみ、窓の外へ出した。
「や、やめて!」
佐藤が立ち上がった。
「あ? 豚のくせに人間様に命令してんじゃねぇよ!」
構わず俺は弁当をひっくり返した。
父親の愛情がたっぷりと詰まった美味しそうな中身が、校庭に落ちて行った。
呆然と立ち尽くす佐藤へ、俺は空になった弁当箱を投げつけた。
教室内が静まり返る。
「俺がお前を好きだって? 勘違いすんじゃねぇよ、豚女」
俺は佐藤の肩を突き飛ばした。
椅子が倒れ、佐藤は尻餅をつく。
呆然とした佐藤は、床に座り込んだまま動かなかった。
俺は悠々と自分の席へ戻った。
少々強引だったが、これで問題は解決だ。
俺が佐藤のことを好きだなんて噂が広まっちゃ洒落にならないからな。
俺にふさわしいのは、もっとハイレベルな女なんだ。
佐藤も自分の立場がわかっただろう。
バイト先の娘だろうが、関係ない。
立場は俺の方が上だ。
これから先、どんなことがあろうともな。




