第18話 『取らぬ狸のクズ男』
湯船に浸かり、俺は考えた。
母さんは、俺の彼女の雨宮麗華や、担任の佐竹竜二に会っていた。
佐竹には、偶然会ったと母さんは言っていた。
そんなのは嘘だ。
母さんから会いに行ったのだ。
どうして、わざわざそんなことを?
決まってる。
雨宮に会ったのも、佐竹に会ったのも、もちろん、俺を追い込むためだ。
ものすごい行動力だ。
びっくりするほど手際もいい。
素人とは思えないほどだ。
それにしても……と俺は思った。
母さんは何者なのか。
俺はてっきり、どこかのスナックで働いている平凡な主婦だと思っていた。
そんな、どこにでもいそうなババァだとずっと思い込んでいた。
それが、どうだ。
隠しカメラで的確に暴行の証拠を押さえ、すぐに(知り合いらしい)弁護士を雇い、しかも警察署長にも顔が利く。
こんな女のどこが平凡だってんだ。
それに、あの山﨑真也って男。
あいつと母さんは、どんな関係なんだ。
わかっているのは、あの男が母さんを尊敬しているってことだ。
短いやり取りだが、それは伝わった。
だが、いったいなぜ?
あんなヤバそうな男が、どうして母さんなんかの言うことを聞くんだ?
そもそも、あんなヤバい男と、どうやって知り合ったんだ?
風呂のお湯でバシャバシャと顔を洗った。
あいつから殴られた痕は残っているものの、痛みはもうない。
おそらく、手加減されたのだ。
あいつが本気になれば、俺なんか簡単に殺せるだろう。
ゾクッ。
熱い湯船の中なのに、寒気がした。
もし母さんに手を上げたら、あいつが現れる。
そして、母さんを殴った以上に、俺を痛めつけるだろう。
つまり、俺は母さんに手を出せないのだ。
これから先、ずっと。
絶望的な気分で風呂を上がる。
俺用のバスタオルで体を拭く。
二つあるカゴの一つに使用済みのタオルを投げ入れた。
一つが母さんの洗濯入れ。
もう一つが俺の洗濯入れだ。
母さんの方は空っぽだが、俺の方は、そろそろ満杯だ。
替えの下着も残り少ない。
仕方ない……。
俺は洗濯をすることにした。
どうして俺が、こんなことを……。
初めての洗濯は、見様見真似でやったわりには、上手くいった。
乾燥までしてくれるので、あとは待つだけだ。
洗濯機が動き始めると、すぐに母さんが現れた。
「あら感心ね。でも、次からは自分の洗剤を使って頂戴。そこにあるものは私が買ったものなのよ」
「……わかったよ」
睨みつける俺を一瞥すると、母さんは背を向けて出て行った。
クソが。
調子に乗りやがって。
あの山﨑って男がいなけりゃ、ブン殴ってやるのに。
この頃の俺は、まだそんなことを思ってたっけな。
∮
俺は近所のスーパーに行った。
割引の弁当と日用品を買うためだ。
弁当を二つ、明日の昼食用のパンを三つほど確保して、洗剤コーナーへ行った。
母さんがいつも買ってくるやつを探した。
すぐに見つかった。そして驚いた。
母さんが使っている洗剤は、他のやつの3倍以上の値段だったのだ。
どうして、こんなに値段が違うんだ……。
とても手が出せない。
今後のことを考えて、俺は一番安い洗剤を買った。
それから先も驚きの連続だった。
トイレットペーパーも、ティッシュも、歯磨き粉も、うちでいつも使っているものは、そこのスーパーで一番高いものだった。
当然そんなものは買えるわけがない。
俺はすべての生活消耗品を一番安いもので揃えた。
どういうことだ?
どうして母さんは、そんなに金を持っているんだ?
∮
部屋に戻った俺は、自分で買ったティッシュでオナニーをした。
携帯のパケットがもったいないので、想像をオカズにした。
妄想したのは俺の元カノである雨宮麗華の裸だった。
久しぶりの自慰は驚くほど気持ちよかった。
だが、果てた後、ひどく落ち込んだ。
俺は雨宮の裸を見ることができない。
これから先ずっと。
それを見る権利があるのは、古波蔵和道だけだ。
古波蔵……あんな底辺野郎ごときが、あんないい女を……俺の女を……。
クソッ!
……まぁいい。
まぁいいさ。
他にも女は大勢いる。
俺が声をかければ、どんな女もイチコロだ。
そう考えると、少し楽しくなってきた。
今度は、すぐにヤらせてくれる女と付き合おう。
エッチする代わりにバッグをねだってこないような女だ。
雨宮麗華なんか忘れて、ヤリまくってやる。
カースト上位の俺ならば、彼女を作ることは簡単だ。
問題はその先だ。
金が無いのだ。
この3日、自分で買い物をするようになって、わかったことがある。
〝生活するのは、思ったよりも金がかかるって〟ってことだ。
食費だけでも、毎日1000円は出ていく。
それにティッシュや歯磨き粉などの消耗品代もバカにならない。
携帯料金も入れると、月に5万は必要だ。
さらに、11月からは家賃も徴収される。
それが月に5万。
つまり、毎月10万円が自動的に消えていくのだ。
俺の全財産は、35万5千円。
今は9月だから……うん、年内は大丈夫。
だが、来年からは?
すぐに家賃すら払えなくなる。
どうする? どうしたらいい?
ハッ。
そんなの決まっている。
働くしかない。
アルバイトで月に10万を稼ぐ。
1日1万の仕事なら、月に10日。
15日やれば、5万円余る計算だ。
余った分は小遣いに回せるだろう。
つまり彼女を作る金銭的余裕ができるってことだ。
なんだ。
楽勝じゃねぇか。
俺は拍子抜けした気分だった。
明日の夕方にでも、バイトを探して応募しよう。
俺はウキウキしながら、眠りについた。
優秀でイケてる俺なら、どんな仕事でも引く手数多に違いない。
(後書きという名の雑談)
ヒューマンドラマジャンルは初めてですが、思ったより読まれていて感激な鷲空です。
いかがお過ごしですか? そうですか。
鷲空は明後日11月7日(日)の初フルマラソン参加に怯えて過ごしています。
ですが、読者様の数の割に、ブクマが少なく感じるのは気のせいでしょうか?
もしかしたらヒューマンドラマ住民様は、ブクマに対する勘違いがあるのかもしれませんね。
大丈夫です。
ブクマは怖くありません。
気に入らなくなれば、ブクマを外せばいいのです。
とりあえずブクマをするってのも、アリだと鷲空は思うのです。
だから下の方にあるボタンをポチッと押しましょう。
怖くない、怖くない。
ただ押すだけで鷲空は幸せになり、創作意欲が湧いてくるのです。
あなたもこの作品に参加できるのです。
正宏くんをボッコボコにできるのです。
お母さんの狂気を増幅できるのです。
そんなの素敵やん?
というわけで、ほ〜らほら、ボチッとな。