第15話 『天国と地獄』
月曜日になると、顔の腫れはだいぶ落ち着いていた。
俺は学校へ行くことにした。
教室へ入ると、クラスメイトは俺の顔を見るなり、皆ギョッとした。
こうなることは想定済みだ。
そこで俺は事前に考えていた話をした。
架空の武勇伝をでっち上げたのだ。
三人の不良相手に善戦をしたといった内容のものだ。
携帯は、そのとき壊されたことになっている。
「3人相手ってマジかよ!」
「大倉くん、かっこいい!」
「3人がかりなんて、卑怯な奴らね!」
そして一躍時の人となった。
クラス全員から持て囃された。
俺はピンチをチャンスに変えたってわけだ。
「正広に喧嘩売るなんて馬鹿なやつらだな」
こいつは辻圭佑。
中学の頃からの友達で、一年の頃から同じクラスだ。
おちゃらけた性格だが、不思議と馬が合う。
今では親友と言っていい仲だ。
「まぁな。でも今ごろそいつらの顔は、俺以上に悲惨だろうぜ」
得意げに話していると、予鈴のチャイムが鳴った。
間を置かずに担任の佐竹竜二が入ってくる。
さらなる俺の見せ場がやってきた。
皆が恐れる鬼教師に、俺はいつも通りの挨拶をした。
「よぉ佐竹っち。しばらく休んで悪かったな。これからは……」
パァン!
乾いた音が教室に鳴り響いた。
ガヤガヤとした室内が一瞬で静まり返る。
「佐竹先生だろうが! 教師に向かってナメた口聞くんじゃない!」
頬がジンジンする。
俺は佐竹にビンタされたのだ。
「返事はどうした!」
「は、はい! すみませんでした!」
「よし、みんな席につけ! ホームルームを始めるぞ!」
俺は急いで席についた。
なんだ?
何が起こった?
どうして佐竹が俺を殴るんだ?
今までは、どんなに馴れ馴れしくしてもニコニコしていたはずなのに。
いったいなぜ?
混乱と羞恥。
俺の頭の中は、ムチャクチャだった。
周りがみんな俺を笑っている気がした。
ふと、左後ろを見た。
窓際の一番うしろに座る女が慌てて目をそらす。
佐藤沙耶。
あいつまで俺を笑ったのか。
あの底辺女が、この俺を……。
ホームルームが終わり、辻が俺の席へやってきた。
「佐竹のやつ、いきなりどうしたんだ。正広、お前なにかやったのか?」
俺は辻を無視して、席を立った。
つかつかと歩き、目的の人物の元へ行く。
「テメェ、さっき俺を笑っただろ?」
俺の言葉に、佐藤沙耶は下を向いたまま答えた。
「……笑ってません」
「ウソつけ! 俺は見たんだよ!」
佐藤の胸ぐらをつかんで無理やり立たせる。
「笑ってません! 本当です!」
「なにしてんだ! さすがにそれはマズイだろ!」
辻が俺の手を掴んだ。
たしかにその通りだった。
底辺女相手とは言え、暴力はマズイ。
「チッ」
俺は乱暴に佐藤から手を離した。
「おい、佐藤豚、ワビとしてジュース買ってこい」
「そんな……わたしは笑ってなんか……」
「あ? いいから早く買ってこいよ、豚女!」
「ひっ……は、はい!」
急いで教室から出る佐藤を、俺はニヤニヤと見つめていた。
「おい、正広……ちょっとやり過ぎじゃねぇか?」
辻が心配そうに声をかける。
「いいんだよ。運動させないと、もっと太っちまうだろ?」
「お、おう……」
これで、佐竹の件で落ち込んだ俺の地位は戻せたはず。
馬鹿な俺はそう思っていた。
少し冷静になれば、クラスのみんなが引いていることに気づいただろうに。