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第10話 『クズ男、逮捕される』

 

 家を出た俺は、走り続けた。

 通行人から変な目で見られようが知ったことか。

 走って、走って、恐ろしい現実から、逃げ出していた。


 数キロ走った場所の河川敷。

 俺は体力の限界を迎えた。

 立ち止まり、ハァハァと呼吸を整える。

 そして、これからのことを考えた。


「くそっ! どうすりゃいいんだ!」


 どうころんでも警察に捕まる未来しか思い浮かばなかった。


 友達との学生生活が。

 有名大学への推薦が。

 彼女との初体験が。


 その、すべてが消えてしまう。

 それもこれも母さんのせいだ。

 あいつが母親をやめるなんて言うから……。

 そうだ。

 これは正当防衛だ!

 俺は俺の権利を――明るい未来を守ろうとしただけなんだ!

 俺は絶対に悪くない!


 そのとき、青い制服姿の男が目に入った。


「ひっ!」


 よく見ると、警察官ではない。

 どこかの警備員だった。

 ホッと息を吐く。

 だが安心はできない。

 制服を着ていない警官――刑事だっているのだから。


「とりあえず、人目のつかない場所に行こう」


 俺は昨日行ったネカフェに入ることにした。

 慌てて家を飛び出したから、携帯を持ってきていない。

 今頃友達や彼女が心配しているだろうな。


 ネカフェに入ると、何をするでもなく、ただ座っていた。

 ジッとしていられないが、狭いこの場所では、動くこともできない。

 ガジガジと親指の爪を噛み、激しく貧乏ゆすりをする。


 すると、何やら店内が騒がしくなった。

 なんだ、と思う間もなく、俺の個室の引き戸が開けられた。


「大倉正広君だね? 一緒に来てもらえるかな?」


 現れたのは警察官だった。

 まさか、こんなに早く捕まるとは。

 日本の警察は、ここまで優秀だったのか。


 観念した俺を、警官が連行した。

 逃亡の危険がないと判断したのか、手錠は、はめられなかった。

 ネカフェの代金はどうするのだろうか、とのんきなことを考えていたのを覚えている。

 ちなみに代金は、ネカフェを出る前に、きっちり精算された。


 店を出ると、二台のパトカーが赤色灯を点灯させていた。

 ワラワラと野次馬が集まっている。

 その視線が俺に集中する。

 まるでニュースやドラマで見るシーンだった。

 このとき俺は実感した。

 ああ、俺の人生終わったんだな。


 パトカーに押し込まれる。

 車内は革の匂いがした。

 男っぽい匂いだ。


「奥に詰めろ」


 隣に警官が乗ってきた。

 てっきり、助手席に座るかと思った。


「あの……」


 走り出した車内で、俺の方から声をかけた。

 20代後半と思しき警官がジロリと睨む。

 怯えつつも、俺はそいつに尋ねた。


「俺が逮捕されたのは、母さんの件ですよね?」

「無駄口を叩くな。黙って座ってろ」


 警官が一蹴する。

 なんなんだ。

 警察ってのはこんなに威圧的なのか。

 だが、こんなものなのかもしれない。

 警察は市民の味方であって、犯罪者の味方ではないのだから。


 やがて、パトカーは警察署に到着した。


「降りろ」


 警官に促されてパトカーを降りる。

 そこは大きな警察署だった。

 容疑者として警察署に連れてこられるなんてな。

 普通の人なら、一生こんな経験をしないだろう。

 ものものしい建物の外観は、善良な市民の目には頼もしく映るはずだ。

 だが今の俺には、絶望と恐怖の象徴でしかない。


 署内に入ると、内勤の警官たちが大勢いた。

 その全員からジロジロと見られている。

 ただただ恐ろしかった。

 ここにいる全員が、俺を敵視している気がした。


「ここに座ってろ」


 俺は殺風景な部屋に入れられた。

 そこにある簡素なテーブルの椅子に腰を下ろす。

 そして、一人になった。

 ここは取調室だろうか。

 部屋の隅にはもう一つの机が置いてある。

 窓には鉄格子。

 その向こうには、青空の下に広がる平和な光景が広がっている。

 昨日まで、俺はそっちの人間だった。

 そして、今の俺は鉄格子のこちら側なのだ。

 恐らくこれから先、何年も、何年も……。

 そう考えると、涙が溢れて止まらなくなった。


 ずいぶん長いこと泣いていると、ドアの外から声が聞こえた。

 ガチャ、とドアが開き入ってきたのは、警官らしくない、スーツ姿の男性だった。

 見た目は30代前半。

 メガネを掛けた知的な男性だ。

 男性は入ってくるなり、名刺を俺に差し出した。


「弁護士の渋沢と申します」


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