2-28 洞窟エリアのボス
剣豪と言えるようなスケルトンを倒した後、奥へと進むこと約一時間。
レオンたちは少し長めの通路を抜けたところで大きく開けた場所へと到着した。
そこは今まで通って来た洞窟の中でも最も広く天井も高い空間、平原エリアにもあったボスエリアの前にある広場であった。
ただここを通って二階層へと向かう上級探索者たちはほとんどいないようで、この広場で休憩しているパーティーはせいぜい三つか四つといったところであった。
「なんか閑散としていますね」
「まあ他に平原とか森があるのに、好き好んで洞窟なんかを通ろうって人は少ないだろうね」
「そうなの?幻想的な雰囲気だから私は結構この洞窟好きなんだけどな」
そう言って洞窟全体を見回すイリーネ。
確かに壁が紫に光る洞窟なのでイリーネのいう通り一見すると幻想的な洞窟であった。しかし結構湿気が多くてジメジメしているうえに、出て来る魔物はスライムにコウモリ、そして骸骨なのだ。
レオンからするとどちらかと言うと不快さが勝っており、あまり頻繁に足を運びたいとは思えなかった。
「そ、そうなんだ……まあ人には好みがあるからね。でもみんながここを通らないのはそれだけじゃなくて、魔物が厄介だからって理由もあるみたいだよ。吸血コウモリも面倒くさいし、さっきみたいなスケルトンもいる。上級探索者なら倒せないってことはないだろうけど、やっかいな相手には違いないからね」
「なるほど、確かに移動するだけなら楽な方がいいですもんね。それじゃあ通り抜けるだけの人たちには、この洞窟が一番人気がないんですか?」
「いや、一番人気がないのは塔エリアらしいよ」
「えっ?それじゃあ塔エリアってもっと厄介な魔物がいるの?」
嫌そうな顔をするイリーネ。
先ほどのスケルトンでさえかなり厄介だったのだ。あれ以上に面倒な相手がいるとなると顔を顰めたくなるのも理解できる。
しかし皆が塔エリアを避けるのは別の理由であった。
「いや、単純に上るのが面倒くさいらしい」
「……そ、そうなんですね」
「面倒くさいって……」
「いやいや、それがかなりしんどいらしいんだよ。カレンさんが、『二階層に行くのに何十階分も上るなんて理不尽』って怒ってたよ」
「何十階分……?」
「フフッ、カレンさんらしいですね」
レオンたちが適当な場所を見つけて身体を休めながら雑談をしていると、ふと広場の奥の方で何か空気の動く気配があった。
それに気付いたレオンたちが視線を送った先はこの広場のさらに奥へと続く通路、つまりはボスエリアの入り口であった。
どうやら先に戦っていた探索者たちのボス戦が終わったらしい。
レオンがふと周囲に目をやると、空気の変化に気付いたのはレオンたちだけではないようで、他の休憩しているパーティーたちもそちらに注目しているようであった。
ただここは洞窟の中ということもありボスエリアも開けた場所にあるわけではないので、入口付近からしか中の様子を窺うことが出来ない。
そのため実際にボス戦を観戦していた探索者たちはほとんどいなかった。
しかし唯一入り口付近で観戦をしていたパーティーの様子を見れば、その結果は容易に想像することが出来た。
なぜならそのパーティーの探索者たちの顔色が真っ青だったからだ。
「なんだよアレ……。あんなのありえねえだろ」
呆然としながらつぶやいたパーティーリーダーらしき男の声が、シンと静まり返った広場に妙に響きわたった。
それからしばらく待ってみても、ボスエリアから出て来る探索者はついに現れなかった。
結局入口付近にいたパーティーは攻略を諦めたようで、青い顔をしたまま広場を去って行った。
そのためその次に並んでいたパーティーがボスエリアに入って行ったのだが、どうやら彼らもかなり怖気づいてしまっていたようで、一分もかからずに走り出て来た。
どうやら入口付近からあまり離れずに戦っていたようで、少し戦ってみてからすぐさまかなわないと判断して逃げ帰ってきたようであった。
はたから見るとかなり情けない姿ではあったのだが、ある意味では犠牲を出さないための賢い戦い方ではあった。探索者といっても命あっての物種なので、安全マージンを取ることは悪いことではない。
だがレオンがそう思ったとしても皆がそう思うわけではなかった。
むしろ、多くの探索者たちは彼らを臆病者として笑うか軽蔑することだろう。
実際、次に並んでいたパーティーも彼らのことを見下すような眼で見ていた。
中には「すぐに逃げ帰るくらいならかっこつけて挑んでんじゃねえよ」などと言って、あからさまに馬鹿にする者もいた。
そうして悠々とボスエリアへと入って行った次のパーティー。
彼らはその態度にふさわしい実力を持っていたようで三十分にも及ぶ激闘の末、見事にエリアボスの討伐を果たしたようであった。
ただ出て来た彼らの表情に喜びの色はなかった。
原因はパーティーリーダーに抱えられた小柄な男。
後衛の魔術師らしきその男の手足には全く力が入っておらず、意識がないことが見て取れた。生死のほどは定かではないがメンバーの表情を見るに、あまり思わしくない状態であることは確かであろう。
ただその後広場の端で治療らしきことをしていたので、辛うじて息はあるようであった。物資も足りているようなので、レオンたちが手を貸す必要もない。
そうして治療を続けるパーティーであったが、結局レオンたちはその男の結果を見届けることなく立ち上がった。
次に挑むのは自分たちだ。よそのパーティーのことを気にしている余裕はないし、万が一男が亡くなってしまえば、それを見たイリーネが怖気づいてしまう可能性がある。
実際すでにレオンの横を歩くイリーネの顔は真っ青で、その表情にこの広場に入って来た時の余裕はなかった。
「イリーネ、そんなに心配しなくていいよ。打ち合わせ通りにやれば勝てるから」
「で、でも……」
「大丈夫だよ、もともとはセフィと二人で討伐する予定だったんだ。それでも十分に勝てると思っていた相手なんだからいつも通りにやればいいよ。それに最初の迎撃は俺とセフィがやるんだ。その間はゆっくり相手を見て、落ち着いてから攻撃を始めればいいよ」
「そうですよ、イリーネさん。あんなトカゲなんか絶対イリーネさん所まで通しませんから安心して下さい」
「う、うん」
余裕のある態度で自分を励ます二人を見て、ややぎこちないながらもしっかりと頷くことが出来たイリーネ。
まだ不安そうではあるが、パニックで動けないということはないだろう。
ボスエリアへと入ると真っすぐコンソールへと向かうレオンたち。
そして探索者証を取り出すと、お互いに目を見合わせた。
「よし、いくぞ!」
「はい!」
「うん!」
三人が同時に探索者証をコンソールにかざす。
するとボスエリアの地面に描かれた魔法陣が光り出す。
そして光が収まると、その中心部に魔物が現れた。
シールドリザード。
洞窟エリアのエリアボスであり、一階層の中のエリアボスの中でもかなり強い部類に入るトカゲ型の魔物である。
その体長は頭から尻尾の先まで合わせると5メートルを超えていた。
現れたシールドリザードはその縦長の瞳で睥睨するようかのように辺りをゆっくりと見回した。
そしてその視線がある一点を見るとそこで固定された。
そこにいたのは他の二人より少し前に出て、ボウガンを構えていたレオン。
視線が合った瞬間、レオンはすぐさまトリガーを引いた。
飛び出したボルトがシールドリザードに迫る。
しかし次の瞬間、ボルトは金属に当たったかのような硬質な音を響かせ、シールドリザードの肉を穿つことなく地面へと落下した。
ボルトを弾いたのは、シールドリザードの首回りにある皮膜のような部分。
その皮膜がボルトを放った瞬間にパッと広がり、瞬時に硬質化してボルトを弾いたであった。そしてこの硬質化する皮膜こそがシールドリザードと名付けられた所以となる、この魔物の能力であった。
結局レオンの先制攻撃はシールドリザードに何ら被害を及ぼさなかったのだが、敵意を向けられるには十分であった。
スッとその目を細めたシールドリザードは、ゆっくりと上体を起こす。
そして完全に後ろ足のみで立ち上がると、左右にその足を大きく振り上げるようにして駆け出した。
両前足を前にだらりと下げ、首回りの皮膜を広げ、腰を振るようにして二足で駆ける。
その様な走り方する生物の映像をレオンは前世で見たことがあった。
凄まじい勢いで迫ってくるその巨体の動きは、エリマキトカゲの走る様にそっくりであった。