2-27 苦戦と成長
「追加でコウモリ三体!セフィは挑発なしでそのままスケルトンに専念、イリーネはコウモリを迎撃!」
「了解しました」
「りょ、了解」
イリーネがパーティーに加わってから二週間が過ぎていた。
最初はぎこちなかったイリーネもかなりパーティーに馴染んできており、この日は本格的に攻略を進めるべく洞窟エリアへと足を運んでいた。
この洞窟エリアに現れる魔物はスライムに吸血コウモリ、そしてスケルトンの三種類である。
そのうちレオンもよくお世話になっている魔物であるスライムは、動きも鈍く不意を突かれない限りは楽に対処できる相手である。
しかし残りの二種類、吸血コウモリとスケルトンはなかなか厄介な特性を持っており、場合によってはかなり苦戦する魔物であった。
レオンの指示に従いセフィがスケルトンとの攻防を継続する中、横の通路から現れた三体の吸血コウモリへと向かってイリーネが手元の短剣を振るった。
するとその動きに合わせて魔力で出来た刃が短剣から放たれる。しかしその刃は不規則な飛び方をする吸血コウモリたちの身体を捉えることは出来なかった。
吸血コウモリ。
九等級の魔石を持つコウモリの魔物で、体長二十センチメートルほどしかない。
ただし両翼を広げた場合の長さは五十センチメートルを軽く超えるため、飛んでいる時はその数字以上に大きく見える。
また口元には鋭い牙を持つため、その攻撃力は意外と高く侮れない。
特にその不規則な飛び方から繰り出される一撃は厄介で、場合によっては一撃で頸動脈を切り裂かれるなんてこともある。
イリーネが続けて二度三度とブレードを放つが、中々吸血コウモリの身体を捉えることは出来なかった。ただし引きつけることには成功したようで吸血コウモリたちは真っすぐイリーネへと向かっていった。
そしてその距離が十メートルを切ろうかというところで、ついにイリーネの放った斬撃が一体目の身体を捉え、続けて放たれた次の斬撃も二体目を撃墜することに成功した。
しかし快進撃もそこまでだったようで、三体目の撃墜には間に合わない。
見事に全ての斬撃を躱しきった最後の一体が、その鋭い牙でイリーネの柔肌を切り裂こうと襲い掛かる。
だがその刹那、突如として吸血コウモリは飛ぶ軌道を変えた。
そしてそのままある一点へと向かって真っすぐと突き進む。
その向かった先にあったのはレオンがまっすぐと前に突き出した手のひら、そこに刻まれた傷口からあふれ出す血液であった。
吸血コウモリは飛んでいる時にまともに戦うとかなり厄介な相手である。
実際多くの探索者たちがその鋭い牙によって傷を負わされている。ただし戦って命を落とすことは意外と少ない。
何故ならそれほど賢い魔物ではなく本能に忠実だからだ。
自身の大好物、つまり人間の血の匂いを感じ取ると他のことはそっちのけにして真っすぐとそちらに向かってしまう。
そのため相手が傷を負った途端に動きが単調になってしまうのであった。
レオンはその特性を利用して吸血コウモリを引きつけたのであるが、彼らは新鮮な人間の血にしか反応しないため、自分を傷つける必要があった。そうなるとすぐにポーションで治せるとはいえ血液をある程度失うことになるし、何よりも痛い。
だからレオンとしてもあまり積極的とりたい手段ではなかったのだが、仲間が攻撃を受けそうな時にためらうつもりもなかった。
突き出した手のひらとそこにナイフで刻まれた傷。レオンはその後ろにそえるようにしてボウガンを構えると吸血コウモリを待ち受ける。
そしてまんまと寄って来た吸血コウモリが手のひらに飛びつこうとした瞬間、レオンはその手をずらしてトリガーを引いた。
放たれたボルトは見事に相手の身体の中心を捉え、吸血コウモリは力なく地面へと墜落した。
それを見たレオンは傷口にポーションを振りかける。
そして痛みが治まるとすぐに顔を上げて周囲の様子を窺った。その際、申し訳なさそう顔をしたイリーネと視線が合ったので、笑顔で気にするなと伝えておく。
実際飛んでいる吸血コウモリを捉えるのは至難の技なので、二体も落としたイリーネはよくやった方である。
むしろイリーネの訓練のためにと思い手を出さなかったのはレオン自身なので、こうなったのは自業自得と言えなくもなかった。
無事吸血コウモリたちを処理し終えた二人の視線の先では、セフィが継続してスケルトンと戦っていた。
最初現れた時には三体いたスケルトン。
そのうち二体はあっさりと処理出来たのであったが、最後の一体にセフィは随分と苦戦しているようであった。
それを見てレオンはどうやら当たりを引いてしまったようだと悟った。
スケルトン。
八等級の魔石をもつ骸骨の魔物。
基本的に人型で、その手に様々な武器を持って現れる。
このダンジョンでは初めて武器を持って現れる魔物ということもあり、それだけでもかなり厄介な魔物とされているだが、この魔物の本当の脅威は別のところにあった。
それは個体差が非常に大きいことである。
個体差と言っても体形や身体能力に関してはそれほど大きな違いはない。
ところが何故かその技量だけには大きな隔たりがあるのであった。
しかもどうやらそれぞれの個体が、このダンジョンにやって来た探索者たちの動きをコピーしているようなフシがあるのだ。
そのため後衛の初心者なんかをコピーした個体と、上位探索者の前衛をコピーした個体とではその実力に隔絶した差が生じてしまう。
前者の場合はバタバタと動きで獲物を振り回し、後者の場合は訓練と実戦の中で磨き上げられた動きで攻撃を繰り出して来ることになるのであった。
そして今回レオンたちはその後者、しかも飛び切りの当たりくじを引いてしまったようであった。
セフィが果敢に攻めかかるが、スケルトンがその手に持った剣であっさりとその攻撃を受け流していく。
おそらくスケルトンより強化を施したセフィの方が身体能力では勝っているはずなのだが、なかなか崩すことが出来ない。
むしろ徐々に疲労が溜まってきているセフィの方が、疲労を感じないスケルトンより不利な状況になりつつあった。
そんな状況を感じ取ったレオンはインベントリを開く。
そして中からカラーボールをいくつか取り出すと、それを連続して山なりに投擲した。
「セフィ、そのまま!」
レオンがそれと同時に声をかけると、その意図を察したセフィはカラーボールを無視してそのままスケルトンへの攻撃を続けた。
その結果セフィもいくつかのカラーボールに当たってしまったのだが、スケルトンの方もセフィの攻撃と同時にはさばききれず、いくつかカラーボールの直撃を受けてしまった。もっとも中身はただの水だったため、両者ともさほど被害は受けなかった。
そのため一見するとただの痛み分けだったのだが、この後の展開は全く違った。
すぐさまイリーネの発動した冷却魔法がスケルトンにかかった水だけを凍りつかせていく。
一方のセフィにはレオンが新たに投げたカラーボールが命中し、中に入っていたポーションによってその体力が回復された。
凍り付くことによって明らかに動きの鈍ったスケルトンと、ポーションによって動きのキレを取り戻したセフィ。
その均衡は崩れ、その後あっさりと大勢は決することとなった。
「ありがとうございます。はぁ……お手数をおかけしてすみませんでした」
レオンが差し出したタオル代わりの布を受け取りながら、セフィはため息を吐いた。
「いやいや、あれは大当たりを引いちゃっただけだし仕方ないと思うよ。おそらく金ランク以上の探索者がベースだったんじゃないかな?」
「そ、そうだよ。私が今まで見て来た中でも剣の扱いだけなら一番上手かったと思うよ。それがスケルトンっていうのはなんか釈然としないけど……」
落ち込むセフィをレオンとイリーネが励ますが、いまいちセフィの表情は晴れなかった。
「ありがとうございます。でも身体能力ではこちらが優っていた分、やはり倒しきらなくては……スケルトンに技量で負けるというのはさすがにちょっと悔しいですね」
どうやらレオンたちの言うことも理解できるようではあったのだが、やはり剣を扱う前衛としてはスケルトンという低階層の魔物なんかに技量で負けたことに、忸怩たる思いがあるようであった。
実際他のパーティーでも、スケルトンに負けて自信を失う探索者というのは結構多いそうだ。
今回のセフィなんかはまだマシな方で、中にはスケルトンに軽くいなされ這う這うの体で逃げ帰ったあげく、そのまま引退した探索者なんかもいたそうだ。
それでも生きていただけましなのであるが……。
「まあでも向こうの技量が上だったことは事実だしなぁ。俺たちもまだまだってことかな?」
「うん。私なんか吸血コウモリを上手く処理しきれなかったし……」
「俺もまだまだ全体的に技量が足りないよなぁ。さっきもセフィを巻き込まなきゃカラーボールを当てることすら出来なかっただろうしね。まあ最近は順調すぎたことだし、調子に乗り過ぎる前に今回の苦戦はちょうどよかったのかもしれないね」
「…………確かにそうですね。私もちょっと傲慢になっていました。まだまだ駆け出しなのにちょっと苦戦しただけで落ち込むなんておこがましいですよね」
そう言ってようやくいつもの調子で笑うセフィ。どうやら彼女も上手く気持ちの切り替えが出来たようであった。
「よし、それじゃあそれはそれとして、苦戦した腹いせにエリアボスでも倒しにいきますか」
「いいですね、いきましょう!」
「え?ボスってそういう扱いなの?さっき言ってた調子に乗らないようにって話は?」
前言をあっさりと翻し非常識なことを言うレオンたちに呆れるイリーネであったが、イリーネ自身がエリアボスに挑むと聞いても以前ほど怯えなくなった、ということには気付いていなかった。