2-24 イリーネの戦い
イリーネがパーティーに加入した翌日。
レオンたちはダンジョンの一階層、森林エリアへと足を運んでいた。
森林エリアといってもやはり一階層ゆえに難易度は低いのか、実際には整備された林道のようなものが通っており、その道をたどって森の中を探索していくといった形であった。
そのため戦闘に支障をきたすということはあまりなさそうであった。
中には幅一メートルほどの小道や獣道のような未整備の道もあるのだが、これらはどちらかというと魔物用の道のようでこのエリアを攻略するのに通る必要はない。
もっとも調合用の素材を探しているレオンとしては、一度はそこを通ってこのエリアの全域を回ってみるつもりではあった。
だが今日このエリアを訪れたのは別の目的であった。
「空気がひんやりしていて気持ちいいですね。森の独特の匂いも嫌いじゃないですし、なんかたまに来たくなるエリアですね」
「そうだなあ、ここでいい素材でも見つかれば頻繁に来ることになりそうだけど……。まあそうじゃなくてもたまには来てもいいかもしれないね」
「あ、素材といえばロックゴーレムの核ってどうだったんですか?」
「ああ、アレか。結構面白い素材だったよ。なんとスライゼリーからプラスチックを作る時に混ぜておくと、完成してから破損しても魔力を流せば修復するようになったんだ」
このダンジョンの平原エリアのボス、ロックゴーレム。
そのロックゴーレムを倒した時に手に入れた核が、調合の素材として使えること判明した。
そのため持って帰ったレオンが実験をしてみたところ、他のゴーレムの核と同様にやはりスライムゼリーに対して使える触媒であることがわかった。
その特性は自動修復、もしくは形状記憶といった性質のもので一度形状を固定すると、その後どれほど形が変わっても魔力を流すと元の形状に戻すことが出来るといったものであった。
ちなみに修復といっても質量が増えるわけではないので、欠損している場合には元に戻すことは出来なかった。
「えっ?すごいですね!それじゃあ破損しても元に戻せるペットボトルとかが出来るってことですか?」
「うん、でもロックゴーレムの核ってあんまり手に入らないからそれほど普及しないかもしれないね。そうなると研究するのも難しいだろうしなあ……」
ロックゴーレムは平原エリアのボスとしてしか出現しない。そしてそのボスエリアには常に何組かの探索者が並んでいる状態であるため、挑戦できても一日に二、三回が限度であった。
もっとも銅ランク以上になった探索者が再度挑戦することはあまり推奨されていないので、現実的にはそれも難しいであろう。
またゴーレムにとって核は弱点でもあるため、倒すときに破壊してしまう探索者たちも多い。そのため流通量も少なく買い集めるのも難しかった。
「それにグレッツナー商会でもやっぱりその特性には気づいていたみたいだからもうすぐあっちで商品化されるだろうし、今後はもっと希少性が増して高騰する可能性が高いと思うよ。そうなるとロックゴーレムのボスエリアが込み合って、最終的には銅ランク以上が挑戦すること自体に規制がかかるかもしれないしね」
グレッツナー商会は調合でスライムゼリーと複数のゴーレムの核からプラスチックのような物質を作る方法をレオンから買いとっている。
そのため他のゴーレムの核も素材になるのではないかということには当然気付くだろうし、財力のある彼らなら試さないはずもない。
そう思ったレオンが、昨日会った機会にそのことについてグレッツナー商会のブルーノに確認してみたところ、彼には当然のように頷かれてしまった。
しかもそれどころか彼らはレオンよりも随分先にその特性に気付いていたようであった。
「まあ商品化するのにはもう一か月程度かかるみたいだし、それまでに自分たちの分くらいは確保しに行ってもいいかもしれないね。何日かに一回倒しに行く程度なら怒られないだろうし」
「そうですね。ついでに色々な倒し方を試してみるのもよさそうですし、是非いってみましょう」
まるでピクニックに行くかのように気軽に言うセフィ。
それを見てさすがに黙っていられなくなったのか、今まで黙って周囲を警戒していたイリーネが口を開いた。
「ちょっとセフィちゃん、そんなに気軽に倒しに行くような相手じゃないと思うんだけど……」
「そうですか?でも確かにイリーネさんのいう通り例えどんな相手であっても油断は禁物ですよね」
そう言って気を引き締めるセフィを見て、イリーネはどうにも自分の言いたいことが上手く伝わっていないような気がした。そのためイリーネはレオンの方にも視線を向けてみる。
するとレオンは彼女の言いたいことを察してくれたようで説明をしてくれた。
「イリーネの言いたいこともわかるけど、ロックゴーレムと俺たちはかなり相性が良くてね。俺たちからすると比較的倒しやすい魔物なんだよ。だからエリアボスを舐めているだとか、自分たちの力を過信しているってわけじゃないから心配しなくてもいいよ」
「そうなんだ……」
イリーネからすると相性がいいくらいで気楽に倒せる魔物ではないのだが、ひとまずは頷くしかなかった。だが続けてレオンから言われた言葉にはとてもじゃないが頷くことは出来なかった。
「うん、それに色んな倒し方を試すのも今後使える戦術を探るためであって遊んでいるわけじゃないからね。ちなみに俺の予定ではイリーネにも色々試してもらうつもりだよ」
「えっ!?そんな……無理だよ!前に戦った時は何も出来ないどころか、途中で頭が真っ白になってみんなの足を引っ張っちゃったんだよ」
「うん、だからこそそのトラウマを克服しないとね」
「でも……」
やはり仲間を怪我させたことが相当なトラウマになっているようで、イリーネは自分の手をギュッと握るようにして俯いてしまった。よく見るとその手は震えてしまっている。
ロックゴーレムと戦うことを想像しただでこうなってしまうようでは、とてもではないが実際に戦うことは無理だろう。
だがそれを克服しないことには探索者としてはやっていけない。
そのためにはまず、彼女の自信を取り戻すことが必要なようであった。
そこでレオンは、最初に彼女自身に自分の力の有用性に気付かせることにした。
「よし、それならまずイリーネは役立たずなんかじゃないことを証明してみようか」
「えっ!?」
「だからなんか勘違いしているイリーネに、今のままでも自分が十分な戦力になれるってことを見せつけてやるって言ってるんだよ」
レオンはそう言って笑うと、魔物を探すためにイリーネに背を向けてどんどん先へと進み始めてしまった。
そんなレオンの背を追いながらイリーネは戸惑いを隠すことが出来なかった。
確かにレオンは自分のことを戦力になるとは言ってくれてはいたが、それはこれからレオンたちの元でしっかりと訓練を積めばの話であると思っていたのだ。
実際今すぐ戦う力がないことはイリーネ自身が一番よく知っている。
失敗を繰り返した結果、戦闘になるとすぐパニックに陥ってしまうようになった今の自分では、ハンマーラビットにさえ苦戦してもおかしくはなかった。
もしかしてレオンは自分の失敗の数々を甘く見積もっているのかもしれない。
イリーネがそんな不安まで抱き始めたところで、レオンがようやく足を止めた。
そしてその視線の先には、鮮やかな色合いをした二体の魔物がうごめいていた。
ブルーキャタピラー。
10等級の魔石を持つ魔物で、その外見は透き通るような青色のイモムシであった。
体長は2メートルほどだが移動速度は非常に遅い。ただし相手の動きを阻害する糸状の粘液を口から放出する。
その粘液は浴びるとすぐさま動けなくなるというほど強力なものではないのだが、粘着性はそれなりに強い。腕などに絡みつくとかなり動きが阻害されるし、髪などに付いた場合は落とすのかなりの苦労をすることになる。
またかなりの悪食でどんなものでも食べるためその口の力は強く、万が一噛みつかれた場合には重症を負う恐れもある。もっともその鈍重な動きのせいでよほど油断でもしないかぎり捕まることはほとんどない。
結局のところ粘液をかけられると極めて鬱陶しいものの、基本的には子供でも倒せるような弱い魔物というのが妥当な評価であった。
だが今のイリーネは魔物が相手というだけで緊張してしまう。
油断しなければ楽に倒せる相手とはいえ、人を殺せるだけの殺生力をもつ魔物でもあることを考えるととても平常心ではいられなかった。
思わず身を固くしたイリーネであったが、レオンはそんなイリーネに気楽な様子で話しかけた。
「心配しなくてもそんなに難しいことを要求する気はないよ。それじゃあまず基本的な攻撃方法から……」
そう言ってニヤリと笑ったレオンはインベントリを開くと、中からいつものカラーボールを取り出して片方のブルーキャタピラーへと投げつけた。
するとカラーボールはしっかりとブルーキャタピラーに命中し、中に入っていた液体がブルーキャタピラーの全身を濡らした。
「はい、それじゃあアイツに向かって冷却魔法を使ってみて」
「えっ?でも……」
「狙うのはあいつ自身じゃなくて、あいつにかかった水ね」
「えっ、水?…………あっ!わ、わかった」
レオンにそう言われてなんとなくやりたいことを理解したイリーネは、すぐさま冷却魔法を発動した。
するとレオンの狙い通りブルーキャタピラーにかかった水はあっさりと凍り付き、その動きをほとんど封じ込めることに成功した。
それを信じられないような表情でイリーネが見つめる中、満足げに頷いたレオンは次の行動へと移った。
「うん、やっぱり身体にかかった水なら簡単に凍らせることが出来るみたいだね。じゃあ次はコイツ」
そう言ってレオンが次にインベントリから取り出したのはクロスボウであった。
レオンはそれを構えるとしっかりと狙ってからトリガーを引く。
すると勢いよく飛び出したボルトがもう一体のブルーキャタピラーの腹部へと突き刺さったのだが、急所は外していたようで攻撃を受けたブルーキャタピラーはかえって暴れはじめてしまった。
しかしレオンはそんなブルーキャタピラーを見ても、平然としてままイリーネへと話しかけた。
「はい、じゃあ今度はあれを凍らせてみて」
レオンにそう言われてハッとしたイリーネは、今度は何も言わずに頷いてからすぐさま冷却魔法を発動した。
その顔からは先ほどまでの怯えたような表情は薄れ、僅かに期待するような色が表れていた。
腕をかざして祈るような眼でイリーネが見つめる中、冷却魔法は徐々にその効果を現し始めた。
急激に温度が下がったせいかボルトの表面には霜が付着し始め、ブルーキャタピラーの動きが徐々に鈍くなっていく。
そしてしばらくするとブルーキャタピラーはあっさりとその活動を停止してしまった。