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まぜるなキケン~調合士の迷宮探索~  作者: 十並あそん
二章 新人探索者
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2-23 交渉の裏側




 グレッツナー商会。

 迷宮都市ベギシュタットに拠点を構える商会でその規模は世界でも三本の指に入ると言われている。

 その本店にある応接室のうちの一つ。


 そこに五人の男女が集まっていた。

 探索者としてパーティーを組んでいるレオンとセフィ、同じく探索者にして紅茶職人のカレン、このグレッツナー商会において番頭を務めるブルーノ、そして今回の騒動の中心人物であるイリーネ。

 先ほどまで破竜の英傑のクランハウスに訪問していたメンバーに、セフィが合流をした形であった。


 ちなみに訪問メンバーにセフィが加わっていなかったのは、レオンが今回の交渉に必要だと考えたメンバーだけを連れて行っただけの話であって、別にセフィを交渉の場から省いたというわけではない。

 本人もそのことは分かっていたので付いて行くなどとは言わなかったのだがやはり心配ではあったようで、合流した時には速足で近づいてきてすぐさま結果を聞いて来た。

 そして交渉が上手くいったことを聞くとイリーネの手を取って喜んでいた。



 全員が席に着き、紅茶を持って来てくれた職員が退席したところで、カレンが早速紅茶へと手を伸ばした。

 そして一口飲むと満足そうにホッと一息ついた。


 それを見た全員の間にも弛緩した雰囲気が流れ、各々が紅茶へと手を伸ばしていった。

 そして全員が一息ついたところでレオンが口を開いた。


「お二人とも今日はありがとうございました」


「うん」


「いえいえ、あまりお役に立てず申し訳ございません」


「いえ、お二人がいて下さっただけでも心の余裕が全然違ったので助かりました」


 今回、破竜の英傑に乗り込むにあたってレオンはカレンとグレッツナー商会に声をかけてついて来てもらった。

カレンはギルドでも発言力のある上位探索者兼護衛として。

グレッツナー商会のブルーノは交渉におけるアドバイザー兼後ろ盾としてだ。 

 ところが話し合いがレオンたちの予想とはまったく違う方向に進んでしまったため、二人ともほとんど出番はなかったのだが、それでも居てくれて助かったのは事実であった。


「またまたご謙遜を、見事なお手並みでしたよ」


「いえいえ、相手は金ランク探索者でしたので内心はヒヤヒヤでしたよ」


「でも紅茶は不味かった。これとは大違い。さすがグレッツナー商会」


「ありがとうございます」


 満足そうに紅茶を飲むカレンと嬉しそうに笑みを浮かべるブルーノを見て、レオンは苦笑する。


「あっちで出された紅茶、香りは薄いのに無駄に甘ったるかったですもんね」


「あれは紅茶に対する冒とく。茶葉をケチってるくせにはちみつだけ山ほど入れてた」


「ええ、あれはさすがに私でももう一度口にするのをためらいました」


 そう言って頷き合うレオンたちを見て、イリーネが驚きの声を上げる。


「えっ?あれが高級な味なんじゃないの?いつも朝飲んでいる紅茶よりもすごく甘かったから、てっきりあれが高級な紅茶の飲み方なんだと思ってた」


「それは甘ければいいっていう、古臭い馬鹿な貴族の考え方。味はバランスが大事」


「そうなの?」


「香辛料や甘味料は基本的に高価ですから、多く使えば使うほど贅沢だって考える貴族の方が多いんですよ。でも本当にカレンさんのおっしゃる通りバランスは大事です。私も昔何度かそういった貴族の方のパーティーに行ったことはありますが、そこで食べたものよりも屋台街の料理の方がよっぽど美味しいですから」


「ええっ!?」


 元貴族のセフィにまでそう言われて、イリーネは唖然とする。


「高けりゃ美味いって考え方の典型だよね。むしろあれを全部飲み切ったイリーネが凄いよ。最後甘すぎて気持ち悪くなかった?」


「……実は少し。でもせっかくの高級品だから全部飲み切らなきゃもったいないって思って……」


「ははは、結構緊張しているのかと思ってたんだけど、そんなこと考えてたなんて意外と余裕はあったんだな」


 レオンがからかうようにそう言った途端、イリーネはハッとして何かを思いすとすぐさまレオンへと詰め寄った。


「そ、そんなわけないでしょ!ギードさんは何故か最初からケンカ腰だったし、それなのにレオン君もそれに乗って途中から煽り出すし……。そのせいで最後にはクラン長まで怒り出しちゃうから私は気が気じゃなかったんだよ!」


「ははは、ほんと何故かあの人最初からケンカ腰だったもんね」


「あれは驚きましたな。どうやら我々がイリーネ殿を利用して、何かをたかりに来たと勘違いしていたようでしたね」


「あ、やっぱりですか?酷いですよね」


 そう言ってのん気に笑い合うレオンとブルーノを見てイリーネはますますムキになる。


「それなら訂正すればいいよね?なんであそこで認めるようなこと言うの?」


「そりゃあせっかく話をする前に向こうから『首をきる』なんて言い出してくれたんだから乗っかるしかないでしょ。というよりイリーネもちゃっかり流れに乗って『脱退します』なんて宣言してたよね?」


「それは……だって、あの流れで言わないなんて出来ないよ」


「えっ?なんですかその話の流れ?」


 レオンとイリーネのやり取りを聞いて、現場にいなかったセフィが不思議そうな顔をする。確かに現場にいなかったセフィからした意味が分からない流れだろう。

 むしろ現場にいたレオンからしても意味の分からない流れであった。そのためレオンが推測も交えてその時の状況を説明するとセフィはムッとした表情になった。


「それはいくらなんでも酷すぎませんか?最初から切り捨てるだなんて」


「まぁおそらく面倒ごとをクランに持ち込まないためにそう言ったんだろうけど……。組織を預かる者の判断としては分からないこともないんだけど、事情くらい聴けばいいのにね」


「そうですよ。自業自得ならまだしもイリーネさんが悪いわけじゃないかもしれないのに……」


「うん、だから正直最初はムカついたんだよね。そうなるといちいち訂正して説明してやることもないかなって思ってね。イリーネもさすがに腹は立ったでしょ」


「それは……確かにちょっとショックだったよ。さすがにあんなにあっさりと切り捨てられるとは思ってなかったし……。でも役に立ててなかったのは事実だし。それにわざわざあんなに煽ることはなかったよね?」


「いや、それはやっぱり腹が立っていたのもあるし、なにより交渉を有利に進めるための手段としては有効だからね。だからなるべく有利な条件を引き出すためには仕方なかったんだよ」


レオンにそう言われると、イリーネとしても反論は難しかった。

 実際レオンの交渉の結果イリーネはすんなりと脱退できたのだし、借金も大幅に減額されたのだ。

 そのために必要だったのだと言われれば、納得するしかなかった。

 しかしそこに横やりが入る。


「嘘はよくない。レオンは途中で笑ってた」


「えっ?途中って……まさか何回か俯いていたけど、あの時って笑ってたの!?」


「ええ、煽る時も明らかに楽しんでおられましたよ」


「ちょっと……レオン君」


 先ほどまで納得しかけていたのに、二人の密告によってイリーネのレオンを見る目が疑わし気なものに変わった。


「ははは、まあ確かに二人のいう通りなんだけど交渉自体は上手くいったよね」


「それは確かに……」


「あと寝てた人がそれを言っちゃいけない」


「違う。あれは目を閉じて会話に集中していただけ」


 適当な言い訳をしてサッと視線を逸らすカレン。その態度はとても分かりやすいものであった。


「…………。まあそれはともかく確かに少し楽しんでもいたけど、交渉のためっていうのも嘘じゃないよ。でもちょっと痛い目を見せてやりたかったっていうのが、やっぱり一番大きいかな。イリーネだって最後の二人の表情を見て多少はスカッとしただろ?」


「……そうだね。確かに正直に言うとちょっとすっきりした。自分が悪いんだってわかっていても、やっぱり少しは気にかけてもらえるとは思っていたし……」


「うん、だから本当はぶん殴ってやりたかったけどやったら間違いなく負けるからね」


「あいつらは腐っても金ランク。レオンなんて瞬殺」


「ちょっ、確かにその通りだけど言い方ってものが……。とにかくそんなわけであれしか一矢報いる手段がなかったってことで見逃してくれるとありがたいかな」


 そう言って笑うレオンを見て、イリーネはなんだか自分がムキになっているのが馬鹿らしくなってきた。確かにレオンの言う通りちょっとスッキリしたのは事実なのだ。

 それによくよく考えてみるとレオンがあんなことをしたのは自分のためだ。それなのに自分はまだお礼すら言っていなかった。


「私の方こそごめんなさい。レオン君がせっかく頑張ってくれたのに文句ばかり言って。それから改めて皆さんもありがとうございました」


 そう言って急に頭を下げたイリーネを見てレオンはやや驚いたようであったが、すぐに笑みを浮かべてから優しく声をかけた。


「どういたしまして。それよりこれからよろしくね、イリーネ」


「うん、よろしく。皆さんもよろしくお願いします」


「イリーネさん、よろしくお願いしますね」


「よろしく」


「こちらこそよろしくお願いします、イリーネ様」



 こうしてイリーネはレオンたちのパーティーに加わることとなった。

 またそれと同時に、探索に行かない日にはグレッツナー商会の倉庫や出発前の馬車にて冷凍サービスのアルバイトをすることも決まったのが、イリーネは一流商会から出される給金の多さに驚くこととなった。


 ちなみにたまに会うカレンからも冷却魔法をせがまれるようになったのだが、こちらは残念ながら無償であった。

 





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