表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まぜるなキケン~調合士の迷宮探索~  作者: 十並あそん
二章 新人探索者
87/138

2-19 イリーネの事情




笑う白熊亭の食堂、全ての客が返り静まり返った店内。

そこでレオンとセフィは先ほどまで店の手伝いをしていたイリーネと向かい合うようにして座っていた。

 二人が黙って彼女の様子を窺っていると、やがて意を決したように顔を上げたイリーネが口を開いた。


「その……二人はもう薄々気付いていると思うんだけど……。私パーティーから戦力外通告をされてしまったんです」


「そんな……」


 絞り出すようにして告げられたイリーネの言葉を聞いて、セフィは信じられないといったような表情でつぶやいた。

 頭の片隅ではもしかしたらとは思っていたのだが、彼女がクランの訓練所出身のエリートと聞いていたのでその可能性は否定していたのだ。


 一方のレオンは予想の範疇であったので、セフィ程は取り乱さなかった。


「それで今はクランへの借金を少しでも返すために、採掘をメインに活動しているということかな?」


「……はい」


 幼少期にクランにスカウトされた者は生活の面倒も見てもらえるし、戦闘の訓練なども受けることが出来る。しかしそれは無償というわけではなく、将来優秀な探索者となって稼ぐことが前提の先行投資であって、かかった費用は全て本人の借金として計上される。

そしてその返済は探索者となると同時に始まのだが、探索者として順調にやっていけていればそれでも特に問題はなかった。

 ところがイリーネは探索者として上手くやっていくことが出来ずパーティーを追い出されてしまい、多額の借金だけが残ってしまった。

だから少しでも稼ぐために実入りのいい採掘をメインに行い、この宿でもアルバイトをしてなんとかやり繰りをしていたのであった。

しかしその結果徐々に無理が出て来てしまい、イリーネは最近疲れたような様子を見せるようになってきていたのであった。



「それでなぜそんなことになったのか聞いてもいいかな?」


「その、私……どんくさくて……」


「…………」


「えっ?それだけでですか?」


「うん。剣も上手に扱えないし、立ち回りも下手くそで周りの足ばかり引っ張っちゃって……」


「それなら放出魔法をメインにして後衛になってもいいんじゃないかな?」


「それが私の魔法ってあまり実戦向けのもじゃないの。だから前衛になるしかないんだけど、それが全然だめだったの」


「でも、だかといって今まで一緒に訓練してきた仲間なんでしょ?それをちょっと上手くいかなかったからって……」


 セフィは話を聞いて憤慨しているが、実のところレオンとしては戦力外としたパーティーの気持ちも理解出来ないわけではなかった。


「ううん、違うの。最初はみんなもまだ経験が足りないだけだからって見守ってくれていたんだけど、いつまでたっても上手く出来なくて……そしてとうとう平原エリアのボス戦の時に私が足を引っ張っちゃったせいで一人が大怪我をしちゃったから……」


「そんな……」


実際、集団戦において連携を取れない仲間がいるというのはかなり厳しい。

増してや自分の役割をこなせないだけならまだしも、味方の動きを阻害するような行動をとるようでは致命的な状況につながりかねない。

経験を積んだベテランパーティーならまだしも、新人パーティーにおいて一人が崩れると、そのせいでパーティー全体が崩壊するなんてことはざらにあるのだ。

そしてどうやらイリーネ自身、それを自らの身を持って体験してしまったようであった。


「今回は運よく誰も死ななかったからまだマシだったけど、もし私のせいで取返しがつかない事態なったらと思うと……。だから仕方ないんです」


 吐き出すようにそう言ったイリーネはギュッと唇を噛みしめると俯いてしまった。

 そんなイリーネにセフィもかける言葉が見つからず、心配そうに見つめることしか出来なかった。


 レオンはそんな二人を見ながら、イリーネについて考える。


 要は、イリーネは本人のいう通りちょっとどんくさい女の子だったのだろう。

運動神経や戦闘のセンス、本番で力を発揮する度胸といったものがあまりなかったのだ。それなのにギフトが優秀というだけでスカウトされ、ギフトの内容だけを見て適性を決められてしまった。


 今まで接してきた彼女の様子からして、訓練をさぼるといったようなことをする性格ではない。だが一生懸命訓練をしたからといって、誰しも同じだけ強くなるというわけでもない。特にセンスや判断力、精神力といった部分は天性や育ってきた環境による部分が大きく、普通の訓練だけではなかなか鍛えられない。


だが敵味方が入り乱れる集団戦における近接戦闘などでは、そういった能力の差が顕著に出て来てしまう。

周りの状況を正確に把握し、素早く的確な行動をすることが求められるし、複数の敵を相手どらなければならないこともある。そしてなによりもまず慌てたり恐れたりしない精神力が必要だからだ。


 もちろんそういった能力を磨くための訓練もあるし、そういった訓練を受けていれば多少はマシではあったはずだ。だが恐らくイリーネの居たクランではそういた訓練を課さることがあまりなかったのだろう。


なぜなら彼らが新興クランであり、訓練のメニューを考えるのもそのクランをその創設者たち、つまりクランを創設出来るほどにまで上り詰めた、才能に溢れた探索者たちだからだ。

彼らは他人にものを教える時、当然自分たちの成功した経験を元にして他人に教える。

だがその時、自分たちが当たり前に出来たことを同じように出来ない人間がいるということをちゃんと理解していないことが多い。

そのため自分たちと同じような訓練を相手に課しておけば、同じように出来ると勘違いしてしまうケースが多いのだ。


そしていきなり実戦に放り込まれる。

自分たちが実戦の中で身に着けて来たものは、同じように実戦の中で身に着けるべきだと思うからだ。それでもある程度センスや度胸があれば、いきなり実戦に放り込まれてもそれなりに動くことは出来ただろう。

 だが生来そういったことが苦手な人間が急に放り込まれたのであれば、パニックに陥ることなど容易に想像が出来る。

 そして一度失った自信を取り戻すのはなかなか難しい。


デュアルギフトという一点の才能だけに注目されて、他の資質を考慮してもらえなかったイリーネ。

ある意味で彼女は、ギフト偏重主義であるこの世界の考え方の犠牲者なのであった。




 そこまで考えたところでレオンは改めてイリーネを見る。


 では彼女の本当の資質はなんなのであろうか?

 彼女はこのまま探索者を続けるべきなのか、それともすっぱりと諦めて別の道を目指した方がいいのか。

 それを確かめるためにはかなり踏み込んだことを聞かなければならないが、このまま放置することも出来ないだろう。

レオンは意を決すると、思い切ってイリーネに質問することにした。


「それならさ。一度ギフトについて詳細を聞いてみてもいいかな?」


「え…………うん、別にいいよ。どうしても隠しておきたいわけじゃないし、二人なら信用できるから」


 イリーネは顔を上げてからやや戸惑った表情を見せたものの、少ししてからあっさりと頷いた。むしろ話題が変わったことに安堵したのか、先程よりも落ち着いて表情を見せていた。


「えっとまず放出魔法の方なんだけど、私が使えるのは冷却魔法なの」


「冷却魔法ですか?氷魔法じゃなくてですか?私は聞いたことがないんですが珍しい魔法なんですか?」


 するとそんな様子を見てセフィも空気を変えようとしたのか、積極的に話題に加わって来た。


「ああ、俺も名前を聞いたことがあるくらいで詳しくは知らないし、かなり珍しい魔法だと思うよ。イリーネ、よければどんな魔法なのか教えてもらってもいいかな?」


「うん、かなりマイナーな魔法みたいだしね。えっと簡単に言うと物を冷やす魔法なんだけど、こうやって……」


 イリーネはそう言って自分の手元にある木製のカップに触れた。

 すると中に入っていた紅茶が一瞬にして凍り付いた。


「えっ、凄くないですか?これなら十分に使えるように見えるんですけど……」


「うん。でもね、魔力を持つ生き物が相手だと抵抗されちゃうみたいで、こうは上手くいかずにとても時間がかかるの」


「具体的にはどれくらい?」


「一回罠にかかったチャージボアで試したんだけど……手を触れた状態でも完全に動かなくなるまでに5、6分はかかったかな」


「手を触れた状態ってことは遠距離からも出来るのか?」


「うん、でも距離をおくとその分余計に時間がかかるの。10メートルも離れるとこのカップ一杯の水でも凍らせるのに数秒はかかると思う」


「なるほど、それだと単純に考えてもチャージボアが相手なら数十分はかかるってことか……。確かに実戦で使うには難しそうだな」


 詳細を聞いてみると、確かに扱いの難しいギフトであった。

遠距離から攻撃しようとすると効果を発揮するまで時間がかかりすぎるし、近接戦闘が苦手といっている彼女が2、3分も相手に触れ続けるというのも現実的ではない。

とてもじゃないが実戦向きだとは言えなかった。


 ちなみにセフィの言った氷魔法はこの魔法と違い、実戦向きの魔法としても結構人気がある。

というのも氷魔法はその名の通り氷を生み出して操ることが出来る魔法だからだ。厳密にいうと魔力によって生み出した水分を、操作したり凍らせたりすることが出来る魔法である。

 氷柱や氷塊を生み出して相手にぶつけることも出来るし、吹雪を起こすことも出来る。また相手に水分を纏わりつかせてから凍らせて、上手くやれば相手を氷漬けにすることも出来る非常に汎用性に優れた魔法なのであった。

 だが凍らせることが出来るのはあくまで自分の魔力で生み出した水分だけなので直接的に相手を冷やすことは出来ない。


 それに対して冷却魔法は直接的に対象の温度を下げることが出来るので、その一点に関しては氷魔法よりも優れているのだが、いかんせん戦闘で使うには効率が悪すぎるのであった。


 ただ生鮮食品の輸送などには重宝されそうな魔法ではあるし、レオンが大手商会に紹介すればそれだけでも恐らく鉱石の採掘より稼ぐことが出来るだろう。


 それだけでも聞いた価値があった思い、レオンはそっと胸を撫でおろすのであった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ