2-18 ベテラン採掘者
いつもと違い昼過ぎからやってきたせいか、ダンジョンに並ぶ探索者たちの人数は少なかった。
それほど待たされることもなく転移部屋へと向かったレオンたちは、紫色の宝石が輝く通路、洞窟エリアへと続く階段へと向かった。
入口付近は平原エリアと同じ構造をしているようで階段を上り、しばらく続く通路を抜ける。
そして……
「うわぁ……」
「こ、これは凄いな」
二人の視界へと飛び込んできたのは、壁面が紫色に光る鍾乳洞のような幻想的な雰囲気の洞窟であった。
この洞窟エリアには当然下界の光が差し込むことはない。そのため本来ならば光源を持ち込まなければならないはずなのだが、このエリアに限ってはその必要はないと言われていた。
その理由となっているのがこの紫色に光る壁面、そこに貼りついたヒカリゴケの存在であった。もっともヒカリゴケと言ってもその光量はレオンの知るものよりも明らかに多く、照明としても十分に機能するほど明るいので地球のものとは全くの別物である。
恐らく魔力の存在も関係しているのだろうが、学者でもないレオンには詳しいことは分からなかった。
またこの洞窟エリアは、洞窟にしてはかなり広く4、5人が横に広がって進める程度の広さがあり、足場も整備されたかのように平坦で歩きやすい。
まだ一階層ということで地形の難易度も低く設定されているか、戦うのにほとんど支障がなさそうであった。
一通り周囲の観察を終えると、二人は満足して洞窟の奥へと歩み始める。
すると一〇〇メートルほど進んだところで早速洞窟の分岐点が現れたのだが、そこにはわざわざ看板が設置されており、右へ進むとボスエリアへと続く道、左へ進むと採掘場であることが表記されていた。
この洞窟エリアはこういった面でも親切な設計となっており、採掘エリアは入り口から非常に近く魔物もほとんど現れないとのことであった。
またこの採掘エリアでは採れる鉱石の種類も豊富で、レオンたちが求める銅鉱石を始め、鉄、すず、亜鉛などのメジャーな金属に加え、地球では聞いたことのないこの世界特有の金属なども採取できるとのことで、多くの探索者たちで賑わっていた。
ちなみに鉱脈は一〇日ほどで復活するそうで枯れることはない。そのため探索者ギルドはこのエリアを一〇箇所に区切り、日替わりで採掘をしていいエリアを入れ替えるようにしているとのことであった。
レオンたちがそのまましばらく進んでいくと、次の分岐点となる場所にギルドの職員らしき人々が数人立っていた。
早速彼らに話しかけてみると、やはり彼らは採掘エリアを管理しているギルドの職員だったようで、今日採掘してもよい銅鉱脈まで案内してくれるとのことであった。
そしてさらに職員の案内に従って進むこと数分、周囲を興味深そうに見回していたセフィがふと感心したように呟いた。
「それにしても鉱石の採取をしている探索者の方って結構多いんですね。あれだけ採取の必要性を熱弁されたので、てっきりほとんどいないものだと思っていました」
「ハハハ、受付の担当が誰だったのか容易に想像がつきますね。ですが実際ギルドとしましても、探索者の中でも特に経験のない初心者の方々にはこの鉱脈で採取することを推奨していますからね」
「そうなんですか?」
「ええ。鉄などのよく使われる金属は常に不足しているような状態でいくらでも需要がありますし、この付近にはほとんど魔物が現れないので安全で効率よく稼げるんです。ですから装備が整わないうちはここで稼ぐことをお勧めしているのですよ」
「へえ、ということはこの中には鉄ランクの方々もいるんですか?」
「はい……というよりも半分以上が鉄ランクの人間です。鉄ランクは平原エリアというイメージが強いですが、その前段階としてここに来られる方々も多いんです。このことを知らされていないということは、お二人は最初から戦闘訓練を受けていて装備も整っていたのだとお見受けしますが、そうでない方々も多いですからね」
「なるほど……」
レオンたちは二人ともあらかじめ戦闘の訓練をしていたし、資金にも余裕があり最初から装備もある程度整っていた。そのためいきなり探索から開始して魔物と戦っても問題なかった。
それはクランの訓練所出身の探索者たちも同様であろう。
しかしそれは一部の選ばれた人々だけの話であり、探索者になろうという人々の大半は武器を買うようなお金もない素人たちだ。そのため最初は体力作りと資金集めのためにこういった作業から始めることを推奨されているとのことであった。
「もちろん中にはそういった初心者だけではなくこうした採取を専門にしている探索者の方々も結構いますけどね。大怪我をしてしまったりパーティーが解散してしまったり、はたまた単純に魔物と戦うことが向いていなかったりと人によってそうなった理由は様々ですが、案外こっち方面で才能を発揮される方もいますからね」
「そうなんですね」
ちなみにレオンと会う前のホルストなんかも採取を専門にしていたのだが、彼の場合は探索も諦めておらず魔物ともある程度は戦えていたので、ここにはあまり出入りはしていなかった。
「ああ、ちょうど到着したので紹介しておきますね。彼女なんかも最近ここによく出入りしている探索者でして、採掘者としてもかなり優秀な方ですよ。分からないことがあったら彼女に聞いてください。おーい、イリーネさん。ちょっといいですか?」
「はい、今行きます。ちょっと待ってくだ……」
「えっ?」
「あっ……」
そこにいたのはクランに所属する期待の銅ランク探索者として活躍しているはずの人物、今朝一緒に朝食をとったイリーネであった。
「こちらは銅ランク探索者のイリーネさんです。まだここに来るようになってから一か月ほどですが地道にコツコツと努力を積み重ねた結果、今ではトップクラスの採掘量を誇っている優秀な方です」
「あ、あの……」
「えっと……」
誇らしげに紹介してくれる職員を尻目に、戸惑った様子で顔を合わせるセフィとイリーネ。
やがてそんな彼女たちの雰囲気を感じ取った職員が訝し気な表情をしたところでレオンが割って入った。
「すみません、顔見知りの方でびっくりしてしまいました。イリーネさんとは同じ宿でしてよく朝食もご一緒させていただいている仲なんです。イリーネさんなら信頼できますし、安心して教えを乞うことが出来そうです、ありがとうございます」
「おお、そうでしたか!それは素晴らしい偶然ですね。それでしたらここはイリーネさんにお任せして大丈夫そうですね。イリーネさん、よろしくお願いしますね」
「えっ……。あ、はい」
思わずうなずいてしまったイリーネを見てから、上機嫌で去っていくギルド職員。
その背中を見て思わず助けを求めるように手を伸ばしたイリーネであったが、結局何も言わずに見送った。
だがやはり気まずいようで、去って行った職員の方を向いたまま顔を上げようとしなかった。
そんなイリーネの後ろ姿を見てセフィもどのように声をかければいいか分からず、落ち着かない様子を見せていた。
だがそんな二人の戸惑いを無視するかのようにレオンが唐突に口を開いた。
「さて、イリーネ」
「は、はい」
レオンに突然名前を呼ばれて、まるで探索者に遭遇したハンマーラビットかのようにビクッとしたイリーネであったが、次に彼女へとかけられた言葉は予想外のものであった。
「取引しよう」
「えっ?」
「どうしてこうなったかはひとまず置いておくとして、今するべきことは採掘だ」
「は、はあ……」
思っていたものとは全く違う話の展開に困惑するイリーネ。だがレオンはそんな彼女の戸惑いを気にした様子もなく話を続ける。
「だけど俺とセフィは素人で鉱脈の見つけ方も分からない。対して君はここでの採掘の経験も豊富だよね。おそらく鉱脈の見つけ方も分かっていんでしょ?だから取引しない?」
「それはどういった……」
「俺はインベントリを持っているからいくらでも鉱石を運べるし、セフィは付与ギフトを持っているから採掘でかなりの戦力になる。だから今日は三人で協力して採掘しないか?イリーネの指示の元で俺たちが動けばかなり効率がいいと思うのだが……」
「え、でも……」
「心配しなくても俺たちの取り分は昇格試験の分だけでいい、後は君の取り分だ」
それを聞いてイリーネはより一層困惑する。
昇格試験に必要な銅鉱石などほんの一握りで、一日の採掘量からしたら微々たるものだ。これから何時間採掘する気かはわからないが、とても公平な取引とは言えなかったからだ。
しかしレオンの意図を察したセフィはすかさずそれに同意する。
「それいいですね。私たちだけだといつ鉱石を発見できるかわかりませんし、イリーネさんに教えてもらえると助かります」
「そんな、いくら何でもそういうわけには……」
「俺たちにとっても今日で確実に試験を通過出来ることはメリットなんだ。それにお金が必要なんだろ?お互いメリットのあることなんだし素直に受けてくれたら助かるんだけど……」
「そ、それは……」
最近疲れた様子を見せていてと思ったら、一人で鉱石の採掘をしていたのだ。何らかの事情でパーティーと活動出来なくなったであろうことは簡単に推測できる。
それでもクランの訓練所出身なら育成に使われた借金を返済しなければならない。だから彼女はこうして一人でも採掘に通っていたのだろう。
「そうですよ、それに私たちもう友達じゃないですか。困った時はお互い様です」
「セフィちゃん……」
「そうだぞ。心配しなくて事情なら後でたっぷりと聞かせてもらうからな」
「えっ!結局聞くんですか!」
「もちろん!友達だろ?」
「う……。は、はい」
こうしてこの日は三人で協力して採掘することになった。
ちなみにレオンの効率的に動こうという提案に従い、イリーネが鉱脈を探しセフィが掘ってそれをレオンが回収するというスタイルを確立した結果、イリーネは普段の五倍以上の儲けを手にすることとなった。
だが小心者のイリーネの心情としては、収入が増えた喜びよりも本当にもらっていいのかという戸惑いの方が大きかったのであった。