2-05 謎の仮面騎士
「……それで『肉坊主』なんてあだ名つけられたってわけなの」
「それはなんというか……つけられた本人は微妙でしょうけど、なんかちょっと響きがカワイイですね」
「えっ!?そ……そう?まあいいわ。それでね……」
「えっと、すみません。そろそろ本題にはいりませんか」
ナターリエとセフィが仲良くなればいいと、二人のやりとりを黙って見ていたレオン。
だがさすがに自分のやらかした話を1時間も聞かされては限界であった。
「そう?ここからがいいところなのに……まぁいいわ。セフィちゃん、また今度時間がある時にでもゆっくり聞かせてあげるわ」
「はい!もっと色々なエピソードが聞きたいですし楽しみにしています!」
「勘弁してくださいよ、あんまり酷いようだとこっちも『ナターリエさんの泥酔奇行エピソード集』を披露することになりますよ」
「ちょっ!!そ、それはやめて……ください」
それを聞いた途端に顔を蒼くするナターリエ。どうやら随分と思い当たることがあるようで即座に白旗を揚げた。
しかしそこにセフィが割って入る。
「レオンさん、それは酷いです。女性のそういったことは話してはいけませんよ。そもそもナターリエさんがそんなことするわけないじゃないですか!」
ところがそれは助け舟と見せかけたとどめの一撃であった。
表情を引きつらせるナターリエを見てレオンは吹き出しそうになる。
それで溜飲も下がったレオンは、とりあえず二人が仲良くなってくれたようでよかったと結論付け、矛先を納めることとした。
それから数分後、飲み物を入れ直しに席を立っていたナターリエが戻って来て、空気が落ち着いたところでようやく本題に入ることにする。
すると表情を改めたナターリエがさりげない様子でいきなり核心へと切り込んできた。
「それで……レオン君の相談っていうのはセフィさんの元の身分についてってことでいいのかしら?」
「えっ!?」
驚きの表情で固まるセフィ。
さっきまでの緩んだ雰囲気から一転、同一人物とは思えないような落ち着いた雰囲気のナターリエを見てレオンも気持ちを引き締める。
彼女のいう通りレオンの相談というのは、元貴族の令嬢であるセフィが今後余計なトラブルに巻き込まれないための、身の処し方についてであった。
(さすがナターリエさんだな。こっちの相談が分かっていたうえで、話しやすいように積極的にセフィと接して、打ち解けられるようにしていたってこと……でいいんだよな?)
驚きを隠せないセフィを横目にみながら、ナターリエをよく知るレオンは内心で納得していた。多少の疑惑も残っていたが……
そもそも世界最大の機関と言える探索者ギルド本部の職員なのだ。
当然優秀であるし、人と接することの多い仕事内容からもその程度ことは出来ても特に驚きはなかった。
それどころか色々と情報が入る彼女の立場からすれば、もしかするとレオンも知らないセフィの身の上もおおよその察しがついている可能性だってある。
だからこそレオンは彼女に相談しに来たのだ。
セフィの方を向きレオンが「いいか?」といった風に視線でたずねると、彼女は真剣な表情でしっかりと頷いた。
どうやらナターリエはセフィの信頼をしっかりと勝ち取ったようであった。
「僕も詳しい所までは聞いていませんが、お察しの通りセフィはフィレット王国の貴族、それもかなり上位の貴族家出身なのだそうです。ですがすでに貴族としての籍は返上しており、今後は僕と同様にこの街の市民権を得て探索者になる予定で、元の身分に戻るつもりは一切ないとのことです」
レオンがここまで言ったところでナターリエは特に大きな反応は見せず、ただ頷いただけであった。やはり大方の事情は察していたようだ。
「そこで市民権を得ることに問題はないのか、元の身分は隠し続けた方がいいのか、また顔なども見られない方がいいのかなどを相談したくて来ました。ちなみに連座も含めて彼女が祖国で罪に問われているといったことは特にないそうですが、今後彼女の元の立場を利用しようと他の貴族が接触してくる可能性はあるとのことです」
これらはセフィの今後の身の振り方を考えるにあたり、必要なこととしてレオンがセフィに聞き取りを行った結果得た情報であった。
逆に言えばこれ以上の詳しい事情をレオンは聞いていない。セフィも話たくなさそうな雰囲気であったし、レオンも貴族の厄介ごとなどあまり知らない方がいいと思ったからだ。
もし彼女が打ち明けたくなったらもちろん聞く覚悟は出来ているが、自分から深入りするつもりはなかった。
それにこれだけの情報があれば、探索者ギルドに登録したり市民権を取得したりするには十分だ。
そもそも令嬢がいなくなった上級貴族などそういるものではない。
レオンがあえて聞かなかったセフィの身元や事情など、探索者ギルにかかれば簡単に調べることが出来るだろう。
聞き終えたナターリエはしばらく難しい顔で考え込んでいたのだが、やがて顔を上げるとセフィへとその真剣な眼差しを向けた。
「そうね……。一つ聞きたいのだけれど、セフィさんは今後も元の家名などは名乗らずに『セフィ』として市民登録するつもりかしら?」
「……はい、籍も返上しましたし、そのつもりですが……」
不安そうに応えるセフィ。
それを見てナターリエは安心させるようにニコリとほほ笑む。
「そうですか。それなら元の身分とは関係を断ち切るという意思表示になるでしょうし、犯罪歴もないということですので問題ないでしょう。レオン君の時はこちらに籍を移せなかったので力になれませんでしたが、セフィさんの場合は市民登録も出来そうですし安心していいですよ。一度市民登録をしてしまえばあなたはこのベギシュタットの住民です。国外のどのような権力者であろうとも、この街ではあなたの意志を無視して不当に扱うことはできません」
「…………はい!ありがとうございます!」
国外からやって来た場合、このベギシュタットで市民権を得るにはそれなりの費用が必要なうえに審査もかなり厳しい。
実際レオンなどは家に借金があったため市民権が得られず、だからこそ苦労した。
しかし一度市民権を得てしまえば、法を犯さない限りこの街があらゆる国外の魔の手から守ってくれることとなる。
なぜならこの迷宮都市ベギシュタットはあらゆる意味で世界最大の都市だからだ。
一獲千金を夢見てダンジョンに潜る探索者たち、そこから出る素材を求めて集まった一流の職人たち、そしてそれら成果を諸外国に売って巨万の富を築き上げた商人たち。
一都市でありながら戦力、技術、経済、あらゆる面で諸外国を圧倒しているこの街は、どのような外敵をも退けることが出来る。
そのためこの街においては貴族などの特権が通用しない。
もちろん国外の要人が来訪すれば丁重に迎え入れるし、身分に応じた待遇も用意する。だがそれだけであり、治外法権も外交特権も存在しない。
ただこの街の法のみが平等に適用されるのであった。
「でもあなたを利用しようとする人がいるというのであれば、後付けで罪をでっち上げられる可能性もあるから、なるべく早く市民権は得ておいた方がいいわね」
「わかりました、今日中に申請しに行きます」
ただし国外の犯罪者などは普通に引き渡しを行うので、ナターリエのいう通りなるべく早く市民権を得ておいた方がいいのも事実である。
「それからレオン君、分かっているとは思うけど、念のためにセフィさんをあなたの知り合いたちに紹介しておいた方がいいわね」
「了解しました」
ナターリエの言う知り合いとは大手商会の商会長であるフェリクス・グレッツナーたちや、金ランク探索者にして今最も注目を集めている紅茶職人でもあるカレンのことである。
この迷宮都市ベギシュタットの運営において最も重要視されるのが、その中核を担う探索者ギルド、商人ギルド、職人ギルドの意向である。そのため各ギルドの中で発言力のある人物たちと親しくなっておくことはセフィの身を守るうえでは重要な要素なのであった。
「あと元の身分や顔に関しては別に隠さなくていいわよ。むしろ隠した方が色々と探ってくる連中が出て来るだろうし、堂々と振舞って元貴族だと思われていた方が余計な連中が近寄ってこなくていいと思うわ」
「わかりました。もしかして仮面とかつけなくちゃならないかと思っていたので……よかったです」
何故か若干残念そうに言うセフィ。
「そ、そう?まぁでもそうなるとパーティーメンバーを探すのには余計に苦労しそうだけど……まぁ元々だから仕方ないわね」
「……ですよねえ」
一方ナターリエに痛いところを突かれたレオンであったが、セフィの様子を見て、変な仮面をつけられるよりはマシかもしれないと自分を納得させるのであった。