2-02 アルバイトの変わり者?
二人の男女がなにやら言い合いをしている。
それを「ああ、またか」とあきらめ気味に眺める。
何故か声は聞こえて来ず何を言っているのかはわからないのだが、二人の様子からどうやら女の方が男の方を批難しているということは読み取ることが出来た。
女が何かを言い、男がそれに反論する。だがその反論が女の神経を逆なでしたようで女の方がよりヒートアップしていく。
やがて女が歪んだ顔で嘲るようにして笑うと男に向かって何事かを吐き捨てる。
すると今度は男の方が激高して顔を朱に染めると、女に詰め寄ってその両肩を掴む。女はその腕を振り払うようにして身をよじる。
するとその拍子に女の視線が自分を捕らえた。
ハッとしたように女が硬直すると、それを見た男が女の視線をたどりこちらを振り向く。
振り返った男の顔は見たことないほど醜悪に歪んでおり、思わずビクリと身を竦めてしまう。
そんな自分の様子を見た男は慌てて表情を取り繕うと、引きつった笑みを浮かべて何事かを言う。
すると女の方も同様に引きつった笑みを浮かべてうんうんと頷く。
だが、その醜悪な笑顔がなによりも恐ろしいと感じてしまい、思わず一歩後ずさりしてしまう。
すると二人はよりその顔を歪めて何事か言いながらこちらに近寄って来て……
身体にかかったシーツを跳ねのけてレオンは飛び起きる。
そして辺りを見回してから、自分が見慣れた宿の一室にいることを認識すると大きくため息を吐いた。
胸に手を当てなくても心臓がバクバクと高鳴っているのが分かった。
ケンカしていた見覚えのない二人。
既にその顔はぼやけておりはっきりとは思い出せないのだが、サンチョとルシアではなかった。しかしどう見ても二人は自分の保護者といった雰囲気だったのであれは前世の両親だったのだろうか?
レオンは転生者として自分が日本人であったことやその知識などは思い出したものの、前世での自分の名前や生い立ち、親しい人の顔など、エピソード記憶と言われるものは一切覚えていない。
だがその反動なのか、こういった前世の記憶らしき夢をたまに見ることがある。
そしてその場合、やはりその方がより強く印象に残るのか、嫌な記憶……つまり悪夢をみることが多かった。
そのこと自体レオンとしても仕方ないと思うのだが……
(なにも寄り寄って今日見なくてもいいじゃないか……)
今日はついに念願だった探索者登録を行う新たな門出の日となる予定だったのに、初っ端から寝覚めが悪く、出鼻をくじかれたようでレオンとしては面白くない。
ただいつまでもこのことを引きずっていても余計に気分を損なうだけなので、さっさと切り替えることにする。
レオンはベッドから降りると、とりあえず着替えることにした。
身繕いを済ませたレオンが部屋を出て宿の食堂へと向かうと、見知った二人の若い女が席に付いて話しているのが目に入った。どうやら朝食を待っているようであった。
レオンがその席に近づいて行くと、二人がそれに気付いて声をかけて来た。
「あっ!レオンさん、おはようございます」
「お、おはようございます……」
「ああ、セフィ、イリーネさん、おはよう」
声をかけて来た二人のうち、一人はもちろんこれからパーティーを組む予定のセフィである。
彼女は昨日宿に着いた時点で既にかなり眠そうで、店主たちに挨拶してから軽めに食事とった後、すぐに部屋へと引っ込んで行った。
どうやらそのおかげでぐっすり眠れたようで、かなり体調は良さそうであった。
だが一方のもう一人の女性、イリーネはまだ少し眠そうであった。
彼女はレオンたちと同様にこの宿に泊まっている宿泊客ではあるが、同時に宿を手伝っているアルバイトでもある。
昨日店主たちに挨拶した際に紹介されたのだが、夕食の時間だけではあるが調理補助や接客の手伝いを行っており、その対価として無料で泊めてもらっているようであった。
というのも彼女はこの店の女将であるヨハンナと同じ村出身なのだそうで、また小さい頃にベギシュタットに出て来た時からなにかとヨハンナが世話を焼いていたらしい。
ではなぜそんな幼少期から彼女は一人でベギシュタットに出てきていたのかというと……
「レオンさん、聞きました?イリーネさんって探索者になって3か月なのにもうクランに所属しているらしいですよ」
「へえ、やっぱりそうなんだ。幼少期からベギシュタットに来ていたって話だからもしかしてとは思っていたんだけど、宿でアルバイトなんてしてるから違うのかと思ってたよ」
「んっ?どういうことですか?」
「幼少期から親元を離れてこっちに来る理由なんて限られているからね。それで成人してすぐに探索者になったっていうことはクランの訓練所に入っていたのかなって思ったんだけど……合ってた?」
「うん……。レオン君のいう通りです」
「えぇっ!?それってつまり、いいギフトを授かったからクランからスカウトされたってことですか?すごいですね!」
そう言って素直に褒めるセフィを見てレオンは苦笑する。
本人に自覚はないようであるが、セフィが授かったギフトもかなり貴重なもので、もし彼女が平民出身であったならば間違いなくスカウトされていたはずだからだ。
しかしセフィはレオンのそんな視線には気づかずに、キラキラした目でイリーネを見ながらさらに質問を続けている。
「それで……どんなギフトを授かったんですか?」
「その……えっと……」
しかしこの質問は探索者としてマナー違反であるためレオンが割って入る。
「セフィ、探索者にギフトを聞くのはマナー違反だよ。手の内を晒すことになるからね」
「えっ!?そうなんですか?」
「うん、そうなんだ。俺が馬車の中で相手の反応を見るために自分のギフトについて話してしまったから誤解させちゃったみたいだね、ごめんね」
「いえ、私が勝手に勘違いしてしまっただけですので……。イリーネさんも申し訳ありませんでした」
そう言って頭を下げたセフィを見てイリーネが慌てて否定する。
「そんな……気にしないでください。あまり聞かれたことなかったから少し戸惑ってしまっただけですし。それに私のギフトなんて全然大したことないので話してしまってもかまわないんですが……この場合は話さないほうがいいんでしょうか?」
しかし何故かその話の途中でレオンに質問してくる。
クランに所属していてすでに探索者として数か月活動しているイリーネが、まだ探索者ですらないレオンに質問をしてくる。
この構図を内心でおかしく思いながらも、レオンは真面目くさった顔を繕いながら質問に答える。
「本人から言う場合は特に問題ないけど、普通はあまり教えないんじゃないかな?ギフトの詳細を明かすのは固定パーティー組む時くらいだと思うよ。そうじゃない場合は……例えば臨時でパーティーを組む場合なんかは、ギフトの種類とか大まかな戦い方を明かすのが一般的らしいよ」
「へえー、それってどんな感じで紹介するんですか」
「俺の場合はちょっと特殊だから参考にならないかもしれないけど……。初めまして、鉄ランク探索者……にもまだなっていないレオンです。ギフトは一般魔法のみで基本は回復役です。一応遠距離攻撃も出来ますが牽制や補助程度で火力はあまりありません。それから自衛手段は一応持っているので接近されてもある程度は戦えます……って感じかな?」
レオンの自己紹介を聞いて感心したような顔をする二人。
ただギフトが一般魔法のみ探索者などいないに等しいので、レオンとしてはセフィだけでなくイリーネがそこに反応しなかったのは意外であった。
(うーん……気を遣ったって感じじゃないし本当に探索者の事情に疎いのかな?クランの訓練所出身なら色々と教えてもらってそうなもんだけど……単純に座学が苦手だったのかな?)
レオンとしてはイリーネに真面目そうな印象をうけていたので、その可能性は低いと思っていた。
(けど考えてみればクランの訓練所出身ってかなりのエリートなはずなのに、アルバイトしながら宿屋に泊まっている時点でかなり変わっているのか……彼女は意外とカレンさんの同類なのかもしれないな)
訓練所出身の探索者なら住まいは用意されているだろうし、才能に恵まれているはずなので金に困ることもまずない。
だから宿でアルバイトしなければやっていけないなんてこともない。
つまりイリーネは好んでアルバイトしているということになる。
そこでレオンの脳裏に浮かんだのが探索者としては超一流なのに、紅茶職人になってしまった知り合いのカレンであった。
(やっぱり才能に恵まれた人って変人が多いのかな?)
結局レオンの出した結論は、かなり失礼なものに落ち着くのであった。